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zoom RSS ≪108≫ 経営幹部養成講座「我社思考」

<<   作成日時 : 2008/02/04 00:01   >>

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■「我社思考」とは

今回は、経営者及び経営幹部たらんとしている人向けに
「我社思考」について考えます。

「我社思考」とは、「経営者の立場」や「我社の使命」という
全体的な視点で考える、企業レベルの「統合観」と言えます。


「統合観」については、過去に何度か説明していますが、
組織が有機的に「調和から発展」するための観法です。

例えば、人体で右手に相当する部署から見ると、左手に相当する
部署は、全く逆のベクトルに動いており、自分達の部署における
「正しさ」では「理解しがたい!!」と思う時があります。

しかし、ひとたび「人体全体」という視点を持つと、右手と左手
が逆ベクトルに動くことで、はじめて「荷物を持つ」という動作
が可能であった、と理解できるのです。

このように、自分の立場だけでは理解できないことも、人体全体
を動かす、経営者や経営幹部の立場に立って考えると、その役割
について理解することができます。

この、有機体全体が「調和からの発展」するための「統合観」を、
企業レベルで具体的に表現したものが「我社思考」であり、
そして、両手、両足、腰、骨、内臓、神経、筋肉、血液…等、
諸器官の使命を知り、お客様の要求や社会の変化などの外部要因
に合わせて、バランス良く統合できる者が、経営者及び経営幹部
の道に進むのです。


■思考の「主語」が何であるか

不思議なもので、その人の考える「主語」が何であるかを見れば、
その人が、何者であるかが推測できます。

私が嬉しい、私は悲しい、私が認められる、私は嫌だ…の様に、
全てを「私」が主語で考える人がいます。中には、顔の皺が、
お腹の贅肉が、今晩のご飯が…と、極めて狭い範囲の中を考えが
めぐっている人もあるでしょう。

また、子供が喜ぶ、親が嫌がる、主人が怒る、妻が文句を言う
というように、自分の枠から一歩踏み出し、家族を主語として
考える人もあるでしょう。

更に、製品の納期が、受注が、新製品開発が、稼働率が、株価が、
教育が、新細胞が、年金が…と、自分の専門分野や興味関心領域
について考え続けている人もあるでしょう。

そして、我が国の影響力が、世界経済が、環境問題が、物価が、
と多くの人に影響することを考え続けている人もあるでしょう。


一般的に、「その人は何者か?」というと、年齢、性別、職業…等、
ある程度客観的な判別方法が用いられます。更に一歩踏み込むと、
「○○について○○と考えている人」ということから、その人が
どういう人物であるのか、ということが推測できます。つまり、
日頃考えている「主語」、そしてその「述語」を検証することで、
その人特有の思考の傾向性・パターンが見えて来るのです。

実は、この「何を主語とし、どう考えているか」という平均値に、
その人の器、認識力、実行力が如実に顕れており、どの範囲に、
どのレベル(深さ、濃度、精密さ、実効性等)の考えを展開する
ことができるか、影響力を持てるかということによって、その人
の将来性もある程度、推し量ることができるのです。

もちろん、この「主語」と「述語」は、癖になっているとはいえ、
自分の意思で変革することが可能です。したがって、予測される
将来も、不可避なものではなく、意思の力で変更することが可能
であるのです。

そして、経営に携る人の特徴として、「我社」を主語として考える
という傾向があります。

「お客様のニーズ」や「社会の要請」という外部の要求や変化に
起因し、我社が何をすべきか?どう変わるべきか?収益を何%で
拡大できるか?低コストでキャッシュを創出するにはどうしたら
よいのか?何を成長戦略とするか?どの組織を最適とするか?
未来に生き残るための打ち手は何か?世界の進歩に貢献するには
何が必要か?…等、「我社」を主語として考え、考え、考え続けて
いるのです。(一部例外はありますが、長期的に見ると何らかの形
で反作用が生じているようです。)


■我社思考と出世

このように、実際に経営に携っている人は、「我社は」を主語に
考えることが習慣になっています。自分の評価より、我社の評価
や企業価値を高めることを考えるほうが、明らかに長いのです。

そして、現時点で経営に携っていなくとも、将来的に、経営者や
経営幹部として頭角を現す人には、次の様な特徴があります。

・我社(他社)の経営理念や経営戦略を、意識して学んでいる。
・好き嫌いの感情を統御し、経営方針を理解しようとしている。
・経営者の考えを理解し、その限界と課題も把握している。
・問題意識をもって、自ら改善にあたる努力をしている。
・理想とする経営者の考えや発言を真似ようと努力している。
・自分なりに、企業の理想の姿を模索し、実現しようとしている。
・何らかの分野でトップまたはイノヴェーターたらんと努力する。
・将来のために、ストイックさを持ち、自己投資している。
・社会の発展、未来の幸福のために必要なものを考え続けている。

このように、自分思考の枠を超え、「企業思考」を軸として、常に
学び、自らのあり方を検証、修正、律するという遺伝子が見受け
られます。


まれに、企業のあるべき姿、その具体化のために「考え続ける」
という蓄積をしないままに、まぐれ当たりのような成功をする
場合もあります。しかしその場合、成功の後で成功を上回る努力
を積み重ねなければ、難破する危険性も高いのです。

結局、思考エネルギーを先に貯めるか、後から埋め合わせるかの
違いはあれ、努力の蓄積エネルギーと結果が、大きく食い違うと
いうことは、あまりないものなのです。


そして、企業思考を積み重ね、愛社精神に満ち・その企業に責任
を感じているならば、「我社思考」に集中特化することです。
思考は、漫然と考えるより、ポイントを絞り込んでエネルギーを
集中させることで、現実が動き出すのが早くなります。
それは、太陽光を虫眼鏡で集めることに似ています。焦点を定め、
エネルギーを集めることで、より早く発火の域に達します。
「我社の企業価値を高めるため」「我社の従業員のため」「我社が
世の中に貢献するため」「我社の未来のため」といった我社思考の
エネルギーを蓄積した人に、何らかの出世※の道が拓けるのです。
(※我社思考ができる人には、ヘッドハンターも注目。)

逆に、我社思考どころか、我社に違和感が生じるようであれば、
(その思考が良かれ・悪しかれ)革命でも起さない限り、その
会社での出世は難しいでしょう。もちろん、自分が矢面に立って
改革を起す覚悟があるならば、それも一つの道です。しかし、
それ程の責任感・使命感が湧き上がってこないならば、そこそこ
の出世で諦める/時節到来を気長に待つ/転職する/起業する…
という選択になってくるでしょう。

結局、我社思考ができない人が、その会社の経営者及び経営幹部
に上がることは殆どなく、仮に、何らかの手段によりその地位を
得たとしても、満たされたのは出世欲だけで、幸福はないのです。


■従業員は、そこまで悩まない。

この「我社思考」が板についてくると、悩みも増えるでしょう。
それは、経営者の悲しみや苦しみの一部が理解でき、疑似体験
しているということです。

・給料が払えるのか?
・どうすれば売上げが伸びるのか?
・どうすれば、他社に先駆けて新製品が開発できるのか?
・社内体制をどうすればよいのか?
・どうすれば従業員のモチベーションが上がるのか?
・どうすれば、お得意先や仕入先と良い関係が構築できるのか?
・お客様が求めているものは、一体何なのか?
・我社にとって、真のサービスとは何か?
・この選択は正しいのか?
・この判断で我社は発展するのか?倒産するのか?
・我社の発展に必要な能力をつけるには、どうしたらよいのか?
・どうすれば、社員に私の真意が伝わるのか?

このように、経営とは、格闘の連続です。
問題を、発明の連続で打ち返さなければ敗北(市場からの撤退)
が待ち受けているのです。

そして、たとえ経営者が機を見て敏に判断しても、組織がメタボ
で息切れしたり、各部署の自我が強く、思うように動かなければ、
攻撃をまともに喰らってダウンしてしまいます。

更に、昨今のサブプライム問題や、建築基準法改正、薬物混入等、
自分たちの立っている足場(マット)そのものが陥没してしまう
危険まであるのです。

このように、経営者は、自らの経営判断に対する責任だけでなく、
組織を問題対応型で機能させる責任、企業の存続のために、その
足元から前提が崩れていく恐怖に耐え、生き残りをかけた戦いを
し続けなければならないのです。

そして、多くの場合、この経営者の苦悩を、真に理解してくれる
従業員の存在を期待してはなりません。
従業員に経営者と同じ判断を期待するということは、その後に
大きな失望が待ちうけているというのと同義語だからです。


経営者は、常に孤独なのです。


だからこそ、仮に誰かが、経営者の考えを忖度してくれたら
どうでしょうか?

我社思考により、経営者の気持ちに共鳴しようと努力し、経営者
と一体となって、問題解決のために戦ってくれたならば、どれ程
心強いでしょう。どれほど孤独が癒されるでしょう。


更に、その人が、経営者とおなじ統合観を持ち、部署の自我から
生じるいがみあいや硬直に対し、「外部環境の変化に対し、適応し
なければ生き残れない」という緊急性を伝え、有機体組織として
機能を甦らせることができたならば、どれ程の難局を、自由自在
に乗り越えることができるでしょう。


当然のことならが、経営者と同じ様な責任感をもち、我社の未来
のために私心なく判断しようとする人に、「我社の未来を託して
みてはどうか?」と考えてもみるでしょう。

そして、経営者として耐えられる胆が備わっているのか?単なる
熱意だけでなく、実際の戦闘で使えるレベルなのか?と戦力を試し、
経営者による、経営者のためのOJTが始まるでしょう。


この話は、絵に書いた餅のように見えるかもしれません。しかし、
我社思考という観点を持つことがなければ、この話は、一歩たり
とも進まなかったものなのです。

これを実現するか否か、それは、本人次第です。

ただ、我社思考のエネルギーを貯めることで、現実の何かが点火
するかもしれません。その可能性に挑戦することも、愉快な道で
あると感じるのです。


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