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『仕事の悟り』 未来への経営
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SAA スピリット・アドバイザー・アカデミー
  【理念】仕事を通して、多様な価値観を統合・融合させ、更なる発展を目指す
  
                       
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≪133≫今の実力を超えるために

2012/01/25 08:47

いかに優秀な偉人や聖人といえども、
この、乱気流の中で舵取りをすることは
難しいのではないかと思える
今日、この頃。


むしろ、これから数年の間に襲い来る事件を
今のうちから察知することなく
既にある、数々の警告に気づくこともなく
平凡な人生を生きることができたならば、
それは、それで、幸せなのかも知れない。


しかし、誰かが、その時代の真意に気づき、
一手を打っていかなければならない。



そして、それが「あなた」だとしたならば、
心からエールを送りたい。


−−−−−−−−−−−−−−−−−

難題に立ち向かうために必要なこと。
それは、現在の自分を超えること。

その方法とは、
「明るさ」と「リラックス」だ。


心を軽くし、
他人の評価という、しがらみ・呪縛を断ち、
何も産出さない 先入観やこだわりを捨て、
ただ、一生懸命に取組む。
その時、今の自分の実力を超える力が発揮されるのだ。


唐突に「明るさ」と「リラックス」と言われても、
ピンとこないかもしれないが、
裏返して考えればどうだろう?

●「明るさ」と「リラックス」を保てない時とは・・・、

・失敗を恐れている。
・自分の評価に重大な影響を与えると身構えている。
・上司や部下の欠点が目に付く。
・他人が自分を否定しているとしか思えない。
・自分のことを理解してもらえない不満がある。
・悩みや隠し事がある。
・何かを失うという恐怖心がある。
・自分が大変になるのは嫌だと、保身が働いている。
・漠然とした不安がある。
・世の中、つまらないと感じる。
・○○せねばならないと、縛られている。
・○○すれば、□□になるという先入観が邪魔をする。
・etc・・・

こういった心境にあることが多い。


●一方で、自分の実力が発揮できない時はどうか?

試しに、「明るさ」と「リラックス」が保てない時の
項目を当てはめてみよう。
・失敗を恐れている。
・自分の評価に重大な影響を与えると身構えている。
・上司や部下の欠点が目に付く。
・他人が自分を否定しているとしか思えない。
・以下・・・(上記項目)

驚くほど、項目が一致する。

「明るさ」と「リラックス」を保てない要因は、
持っている実力すら発揮できていない要因でもあるのだ。


とすれば、こんな使い方ができる。

自分が、実力を発揮できていない理由を、
複雑な環境のせいにしたり、
いろいろな都合や、言い訳によって、
自分以外のせいにしたい時もある。


しかし、本当に、成果を上げたいならば、
自分に問いかけてみてはどうか?

自分は、今、明るいか?
リラックスできているか?
前向きか?
伸び伸びしているか?


簡単な問いかけだ。

しかも、
誤魔化しがきかない。


この時に、自分の仕事のパフォーマンスも、
そこに働いている自分の思いも、
客観的に検証できるのだ。


もちろん、リラックスより、
適度な緊張が必要という人もあろう。
そう。それは正しい。

ただし、緊張感にあっても、
それを超越する、「解き放たれた自己」が保ててこそ
実力を超える力を発揮することが出来る。
つまり、単なる緊張をコントロールする、余裕が必要なのだ。

他人の評価を得るために緊張するのではなく、
自分の生きる姿勢に、ほど良い緊張を持つ。
「自分が後悔しない人生」を生きるということに
100%の責任を持つことだ。


今までに経験しなかったことが次々起こりうる
厳しい環境であるからこそ、
今までの自分以上の実力が発揮されるよう、
「明るさ」と「リラックス」
この心境を維持する。
決意と覚悟と努力が必要なのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここで、老婆心ではあるが・・・、
頑張りすぎ、息切れして実力が発揮できない
「真面目」な方のために補足しておこう。

ポイントは、
「焦らず」
「諦めず」
「無理をせず」で
進み続けること。

要は、「継続」することだ。

この環境の中で、いかに結果を出し続けるか。

いつ途切れるとも知れない問題の連続に
全部正解しようとしても苦しくなる。
焦っても、諦めても、無理をしてもいけない。
トータルで勝つためには、継続への配慮が必要だ。

もちろん、一つの結果を出すために
集中し続け、
寝食削ってやり遂げてしまう方法もある。
時には、それも必要だ。

しかし、これも程々にしておかねば、
長い時間で見た時の結果は、
決して良いものとはならないであろう。


そして、基本的なことではあるが、
走り続けてダウンしないような
身体的な面でのコントロールも必要となろう。
意外に疎かにされやすいので、念を押す。

優先順位を明確にし、
状況や、自らの体調に合わせ、
自由自在に時間を使いこなす。
これが大切だ。

そして、

焦らず
諦めず
無理をせず

ポイントは継続である。


そして「明るさ」と「リラックス」を持って
この時代の勝利者として、
本物の栄冠を手にしていただきたい。

        

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≪132≫時間がないと悩む方へ「平凡性の中の新しき挑戦」

2011/07/30 15:22

なぜ、1日は24時間しかないのだろう。


もっと時間があれば、やりたいこともあるのに。

やらなければならいことが多すぎて、
本来、やるべきことが出来ない。

自由にできる時間が欲しい。


・・・そう、切に願うこともあるでしょう。


しかし、1日は24時間しかありません。


どうあがいても、どうあがいても、
持ち時間は変わらない。
ならば、とるべき方法は一つ。
その時間の中身を変えることです。


今回は、時間の中身を変えるコツについて
考えてみたいと思います。

====================

【時間の中身を変えるコツ】

時間の中身を変えるとき、
一番大切なのは、
実は、心の自由性です。

意識を、瞬時、瞬時に、見事に変えていくこと、
それが瞬間的になせることで、心の安定があります。


言いかえれば、
心が安定しているからこそ、実力が発揮できるのであり、
変化に対応しつつ、心を安定させるためには、
変化に合わせて瞬時対応できる、心の自由性を持つこと、
ここがポイントなのです。


例えば、時間の流れを川の流れと考えてみましょう。
時間の流れの表面に、浮き板が何枚も流れています。

一枚の板に乗っていれば、安定し、安全だと考えます。
しかし、それでは、時間に流されるままです。

現在の位置を維持し、更に進化するためには、
流れに浮かぶ浮き板に、移り渡らなければなりません。

このとき、前の浮き板と、現在の浮き板の両方にまたがり、
両方を足場としたならば、
バランスをとるだけに終始し、何もできません。

これは、一つの仕事をしながら、別の事を考え、
あれこれ思いが揺れ動くことに相当します。
時間を費やした割に、成果が全く上がらない時は、
この、浮き板の上でバランスを崩している状況なのです。
足場が移ったならば、瞬時に重心も移さなければなりません。
重心を移し、足場が安定すれば、成果の出る仕事ができます。

ただ、安定したからと言って、そこでノンビリしていては、
時間の川の流れに流されてしまいます。

前に進むためには、次から次へと、浮き板を渡り、
足場を変えたと同時に、重心(心)も移動させ、安定させることです。

この、心の自由性が、時間の中身をかえる大前提であり、
実は、自由に動けているという認識、
それ自身が「心の平安」そのものでもあるのです。

====================

【平凡性の中の新しき挑戦】

自分の人生を振り返ってみると、
平凡な人生だったと思う方もあるでしょう。

しかし、これまでの一瞬一瞬の積み重ねが、
今を創っているように、これからの人生も創っていきます。

即ち、

一瞬一秒は、だれもが経験し、経験しうるものであり、
それを入り口と見えるかどうかは別として、
現として、次への入り口であるということです。
そして、どの入り口を選んだかで、現在ができ、
どの入り口を選ぶかで、未来が変わるということです。

そして、万人に等しく、
1日24時間、1時間3600秒が訪れます。
つまり、たった1日で、86,400回も
入り口を選ぶチャンスが与えられているのです。

結局、時間の中身を変えるとは、
どの入り口を選ぶかという
瞬間の選択にかかっていると言えます。

結局、1日の持ち時間が増えないならば、
持ち時間の中での選択で、不要なものを淘汰し、
重要なものに絞り込みをかけることです。

時間はないかもしれない。
しかし、その短いと思っている1日も、
何万回も選択のチャンスを内包しているのです。

======================

最後にもう一度。

1日24時間。
その中、1分、1秒は、
誰もが経験し、誰もが経験しうるものです。

それを入り口と見えるかどうかは別として、
現として、入り口であることは、事実なのです。

「平凡性の中の新しき挑戦」

この言葉が、
あなたの人生を、
あなたの願うように変えていくことを、
心より祈っています

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≪131≫生きるということ

2011/02/19 01:49
無意味な人生を送ることはたやすい。

しかし、意味ある人生を歩もうとすれば、
努力
挑戦
挫折
葛藤
停滞の不安
誘惑との戦い
このような克己の練磨に身を投ずる
勇気が必要になる。


ならば、無意味な人生のままでも
良いではないかと考える人もあるだろう。


しかし、良く観察してほしい。
そういう人生を歩む人たちを。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人は、自分を肯定出来るとき、
あらゆる物事を肯定的に見ることができる。

あらゆる物事が満たされているから、
自分を肯定出来るのではない。


この「順番」に注目していただきたい。


自分を肯定できる精神状態であってこそ、
周りのものごとも肯定できるようになるのだ。


卑近な例で恐縮であるが、
私は勉強をサボると、気が短くなる。
表面的に誤魔化していても、
自分が許せないという「火種」を潜在的に持っているから、
ささいな原因で着火するのだ。


その証拠に、少しでも勉強すれば、
「火種」は消え、爽やかな気分を取戻すことができる。
ささいな物事には、着火に至るほどのエネルギーはない。


結局、問題は自分自身が肯定できない状況にあること、
自分の中に「火種」があることなのだ。


仕事で怒鳴り散らす人の多くは、
疲労、能力不足、余裕のなさ等、不安・焦りの火種がある。


子供の言動にヒステリーを起こす母親も、
母であることの不安、束縛される不満、
容色の衰え、肉体的な疲労など、
余裕が無く、自分の中に蓄積したストレスを
子供にぶつけていることが多い。


他人を痛めつけ、世間を汚すような行動をする若者も、
自分が否定されるであろうという恐怖を持ち、
その不安を誤魔化すために、
自分が破壊されるに先行して、周りを破壊しているのだ。


このように、自分で自分を肯定できないことを誤魔化し、
自分の中に火種を抱えていると、
ささいな物事で着火し、爆発しやすい。


自分の中に眠っている火種を消す方法とは、
自分を肯定できる状態にすることだ。

つまり、意味ある人生にしていこうと努力していること
結果ではなく、努力の姿勢そのものが心の安定剤になるのだ。


・・・・・・・・・・・・・・

意味ある人生を歩むために、
そもそも「生きる」とは、どういうことなのか考えてみたい。

(1)生きるとは、生命を持っていること。

まず、生きていると言えるためには、
命があるということが必要だ。

母の胎内に宿り、産みの苦しみを耐えていただき、
この世の生命として送り出していただいた。

その命をつなぐために、動植物などの生命をいただく。
空気や水など、大自然の恵みをいただく。

まず、生きる大前提として、
あらゆるものをいただいて、生命を維持していると
自覚する必要がある。


(2)生きるとは、何かを生み出すこと。

生きるということは、何かを生み出すということであり、
そこには、付加価値を創造するための努力が必要だ。

生きて何も生み出すことがないとするならば、
それは価値の損失だ。

自らが生まれ、成長するまでに
どれほどのエネルギーが注がれていたか。


自分がここに生きているということは、
多くをいただいてきた(借金してきた)
エネルギーの塊であることは疑いようがない。

考えてみれば、自分は何を生み出してきたのだろう?


もし、このエネルギーを膨大な不良債権として抱えたまま、
この世を去ったならば・・・
こう考えると、背筋がゾッとする。


まだ、生きているならば、このエネルギーを使って
価値あるものを創造するチャンスが残されている。

生きるとは、
何かを生み育てるという意味を内包していると覚悟して
人生を再チャレンジしてみよう。



(3)生きるとは、存在する意味を見出すこと。

生きるとは、存在を存在たらしめること。

・まず、自分の存在について考えみよう。

自分が存在することの意味を考えたことがあるだろうか?

自分が存在することに意味を見出そうと
努力したことがあるだろうか?

自分の存在がなくなって、惜しむのは誰だろう?
その人たちのために、今、何ができるのだろう?

生きるとは、自分が存在する意味を考えること。
自分が存在する意味を見出そうと努力すること。
押しつけがましい存在ではなく、惜しまれる存在になるには
どのように生きることが相応しいのか考えること。



・次に、多くの人の存在の意味について考えてみよう。

自分を取り巻く人たちの存在とは何なのか?
他の人が存在することに意味を見出そうと
努力したことがあっただろうか?

失ってみて、初めてその存在の意味を知るのでは遅い。
存在している間に、その意味を知ることだ。
後悔のない人生を送るためには、
常日頃から、多くの人の存在の意味を知り、
その存在の価値を感じながら生きることが大切だ。

あらゆる存在を、価値ある存在たらしめるために、
今、自分が生きているという自覚をもつことだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上、意味ある人生を歩む姿勢の大切さについて、
そして、その土台となる「生きる」という意味について
述べてきた。この奥深い言葉は語りつくせるものでない。


克己の道は、厳しい棘の道ではなく、ワクワクする
価値ある人生への道である。

「生きる!」と、勇気を持って歩み出す一助となればと
心から願っている。

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≪130≫人を育てる

2010/11/28 22:05


悩みは進化を促す。

この悩みの中で、大きなテーマの一つが
「他者との関わり」であろう。
その中でも上級編となるのが「人を育てる」ことだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「人を育てる」とき、一般的に言われるのは、
「相手に良くなってほしい」という思いを持つことだ。

これは素晴らしい思いである。

しかし、その強い思いが、ともすれば、
相手にかなりのことを期待してしまうこともある。
むやみな目標や期待をすることが、
本人の人生計画を阻害している可能性もある。

多くの人々があり、その考えや夢はまちまちなのだ。
まず、その認識の違いを肯定することが、
実は、人を育てる出発点となる。

しかし、と言って、
本人の人生計画だけをまっとうするだけの目標も
少し低すぎるかもしれない。

バラバラの目標が、バラバラに実現したからといって
さほど大きなことはなしえない。

一つ一つの夢に意味を持たせつつ、
全体として一つの方向にエネルギーを結集することが必要だ。
これが、仕事である。

このように価値観の違う人が、一つの仕事をなし、
その中で確実に実績を出していこうと思えば、
戦術的には色々な手を考え、対応していかねばならない。

そのために考えるべき点は次の3つ。

・相手の潜在能力。
・人生で今までになしてきた仕事。
・人生計画をまっとうするために、
仕事の中で次に何に挑戦すべきか。
→個々の夢と仕事の融合

一つ一つの夢を実現しつつ、
同じ方向にエネルギーを流すためには、
この辺を一人一人に対し、
ある程度把握しながら指導して行かなくてはならない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして、個々の理想と全体の目標を融合図りつつ、
次に大切になるのが「時間」の観点である。

確かに、現実面での仕事、
その地位や仕事の成果というものを見ると、
必ずしも本人の潜在能力と対比されない部分がある。

T 短期的な仕事の成果。
U 中期的な仕事の成果(本人が生きている間)。
V 長期的な仕事の成果(後世への遺産として残していける部分)。

と、仕事の成果だけをとっても
三種類の見方をしなければならない。

これは、他人から見ても見える「成果」の部分での把握である。

この「成果」にTの見方をするのは、一般的な指導である。
いかにUとVの意味を持たせることができるか。
ここが、ミソである。

バラバラの人生の目標では成し得なかったことも、
仕事を通じて エネルギーの向かうべき方向を与えることで、
大きな意味を持つものとなる。

そして、もう一つはT〜Vを通して、
その本人の魂がどれだけ磨かれているのか。
世の中のためにどれだけ貢献できるのか。

人間としての「成長」。

この面をも加えて、一つの統一感として見ていかない限り、
真に「人を育てる」という視点は見えてこない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

一方、人を育てるためには、
育てる側が、自分の立場から離れる「心の自由性」も必要となる。

例えば、パレートの法則でいうところの
20%の部分にあった時に、
そこから他を見る、
あるいは他から見られることを感じるのと、

80%の部分に位置した時に見える他、
あるいは他からどのように見られているかを感じるのは
異なった面が多々あるわけだ。

この両方に位置し、物事を見るようにする方が、
より全体像を的確に把握することができるであろう。

偉人・聖人といわれる人々、徳ある人々の多くは、
20%と80%の両方を経験し、
その全体像を把握した上で人を育てている。

自ら自身がいろいろな経験を通して得た見方を駆使し、
しかし同時にその立場の限界を知り、
その立場を離れた視点も持ってこそ、
多くの人々への良きアドバイザーとなれるのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人を育てる上での観点をいくつかあげてきた。

今現在、他の人々に直接影響を与え、
「成果」を出すという短期的視点と、
人間としての「成長」を促す長期的視点を踏まえ、
何をアドバイスすることが良いのか考える。

そのためには、全体像を認識し、
その中で、相手の現在の位置と今後の方向を
充分に見究めていくことが大切だ。

これは、相当の認識力がなければできないし、
自分自身にそれだけの認識力が具わったと言えるかといえば、
否と思うことも多々あろう。

正しい見方ができずにアドバイスをしても
誤った方向に導いているに過ぎないこともあるわけだ。

この「見る」ということについて、限界はない。

正しく「見る」ということ自身、
ある意味で「忍耐」そのものなのだ。

目に見える「成果」という意味では
即、実を結ぶものではないし、
だからこそ、他人からは何もしていないように見られると
焦りを感じることもある。

それに耐え、認識力を上げるためには、
まず、信じることだ。

人として成長し、
その変化が、他の人を喜ばすものとなることを、
信じることだ。

信じるからこそ、
日々、それへの「感謝」から始まる。

そして、その「感謝」は、
育てる側自身の心を白紙化していく一つの方法でもあるわけだ。

白紙にして、もう一度、
愛という能動的な心の作用によって動かすことだ。
今まで認識していた相手と違う姿が見え、
今までと違った方法で「人を育てる」あなたが見えてくる。

「信じる」→「感謝」→「愛」→「忍耐」
日々の「悟り」を積み重ねることが
あなた自身を、そして多くの人を成功に導く王道なのだ。
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≪129≫平凡性の中で変化を起こす

2010/07/18 01:00


人生には、バリバリと活躍するときもあれば、
エネルギー充電の時期もある。

充電には、ある程度の時間が必要となる。
コツコツと少しずつエネルギーを蓄えていく。

この一秒一秒に目を向ければ
ほとんど変わらないと言ってよいだろう。

しかし、この時間に耐えない限り大きな仕事はできない。

そしてただ単に時間を耐えるだけでなく、
同じ物事をなしつつ、一秒一秒、その内容、量と質を
少しずつ変化させようと努力することだ。

たとえ一瞬の変化はわずかなものであっても、
1時間で3600秒分
平凡性の中に新しき価値を生み出すこととなる。

こうして、人知れず淡々と自己を磨く。
平凡な中に、継続努力して変化を生み出すことが
次への変化の充電となり、新たなチャンスを引き寄せる。
コツコツ継続してきたということ自体が
自己信頼となり、次のステージでの土台となる。

焦らず・無理せず・諦めず

平凡であろうが、
そして、他人がその努力に気づくことなかろうが
未来のために、今に一つ価値を付していくことだ。
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≪128≫「仕事」と「悟り」

2010/05/04 19:17

今回は「仕事」と「悟り」の関係について考えてみたい。

「仕事」と「悟り」の関係を考えるとき、
地中海を まばゆいばかりの太陽の光を浴びて疾走する
ヨットをイメージしていただきたい。

心地よい風がほほをなで、カモメが空を飛び、
果てしなく広がる紺碧の海に、白い波頭がキラキラ光り
遠くに緑におおわれた島が見えるという感じである。

さて、ここで海を「仕事」、海面より上を「悟り」としよう。

このヨットの海の部分には、船底だけでなく、
長い大きな錘(おもり)がついている。

実は、この錘がない限り、
このヨットは海上を疾走することはできないし、
一寸した強風で転覆してしまうわけである。
どんな時でも風さえあれば疾走できるのは、
この錘のおかげなのである。
仕事を通じて「十分な自己を確立する」ということが
この錘を形成するということでもあるのだ。

しかし、この錘だけでは何も役に立たない。
ヨットがあってこそ素晴らしき役割を果たすわけである。
このヨットにあたる部分が「悟り」といってよいだろう。

実は、「仕事」における自己確立と、
それをベースとした「悟り」とは
このヨットをつくり上げることそのものなのである。

しかも、作りあげて終わりではなく、いかに疾走させ
自分もその心地よさを感じ、
他の人たちにも心地よく感じてもらうことが大切である。

したがって仕事で自己確立をなし、
その時、その時の悟りを得ることは
ヨットが疾走する準備ができたということに過ぎなく
それからが本当に仕事となるわけである。

ところで、仕事をしていると嫌だなと感じることもあるだろう。
先ほどの海を引き合いにするなら、
海の中のサメやフカ、あるいは汚い浮遊物もあるだろう。

もし、錘が木であったり、
プラスチックや発泡スチロールだったらどうであろうか。

見せかけは錘でも、実は発泡スチロールでできていれば
ヨットを疾走させることはできない。
サメやフカの一撃をくらって破損したり、
汚い浮遊物に絡まって滞留したり、
波にもまれて崩壊してしまう。

やはり錘は堅い金属でなければならない。
すなわち、パワハラで腰砕けるようなものであったり、
他人の評価や誘惑に、自分を見失ったり
社会情勢や環境の変化という荒波に翻弄させるようでは
本物の錘をつくれていない
つまり、十分な自己確立ができていないということだ。

しかしてまた、その錘は
ヨットの大きさに合ったものでなければならない。

仕事における苦難や困難によって、
七転八倒しながら錘を作ってゆくことは大切だが、
仕事に埋没し、ただ忙しいだけの日々を送ってはならない。
職業的発想しかできない石頭になったり、
自我の重みで海中深くに沈没してしまう。

錘に見合った海上のヨットを確立しているか?
それをこそ問わなければならない。

仕事を通じて自分を鍛え、錘を作ることも大切だが、
それが単なる鍛錬にとどまらないよう、
そこから何かを学び、日々にヨットの部分も創り上げようと
意識・努力しなければならい。

では、ヨットの部分「仕事の悟り」とは何なのか?

一言でいえば、
「自分は何のために働いているのか?」ということだ。

自分の生活のため、
家族を養うため
もちろんそれも大切なこと。

しかし、その小さなヨットでは小さな錘にしか耐えられず
荒波に翻弄されてしまうだろう。

大海にこぎだしたいならば、
しかるべき「悟り」を確立することだ。

ただ、この悟りとは、一瞬・一瞬のものであり、
求めても、求めても、
根性を入れ、考え続けなくては
すぐに瑣末な事情に消しこまれてしまう。

中には、
「この仕事は天命だ」と思い続けられる人もあるだろう。
優秀な方だ。
本当に、自分の悟りを祝福していただきたい。

しかし、多くの人は、なかなかそこまで抜けられない。

一瞬は「この仕事のために生きるぞ!」と燃え上っても
誰かのつれない一言で「この仕事は向いていない」と
意気消沈してしまう。

なかには、身を切られるような思いに悩み、
逃げれるものなら、この現実から逃げ出したい
しかし、逃げられないがゆえに、
自分を叱りつけ、耐え忍んでいるという人もあるだろう。

また、責任の無い時期には夢を描けていた人も、
解決しても、解決しても、ゾンビのように襲い来る難問や
それに輪をかけるように複雑骨折した人間関係のしがらみ、
わけもなく結果を求められる重責で
心身ともに憔悴しきっているという人もあるだろう。

時には、見えない未来が、ブラックホールのように
全ての努力を吸いこんでしまうと錯覚することもあるだろう。

しかし、だからこそ、もう一度自問自答してほしい。
「何のために働いているのか」
「何のために、今、この仕事をしているのか?」と。

あなたは錘だけを作りつづけていないか?

あなたの人生は、
錘をつくるためだけにあるのではなかったはずだ。

たしかに、その重い錘には意味がある。
しかし、その錘を、
単なる重石から、
意味あるものに変えることができるのは、
実は、海上にあるヨットの部分なのだ。
ヨットがあるから、爽快に海を走ることができるのだ。

海に沈みそうであるならば、ヨットをこそ思い出せ!
「仕事の悟り」を求めることだ。
まず、その悟りの入り口に向かおうと決意するのだ!

「人生の大半を占める仕事の時間を、
何のために費やしているのか?」
勇気を持って自問自答することだ。

見たくもない、弱い自分も見ることもあるかもしれない。
無意味に過ごした日々に歯ぎしりするかもしれない。
その自分を、過去を学び、意味あるものに変化させるのだ。
正直に自分をみつめ、自問自答できるということ自体が
「悟り」の入り口に立っているということなのだ。

結局、大切なことは、「仕事」と「悟り」のバランスである。

いかにその悟りが壮大なものであっても、
それに見合った努力・精進・蓄積という錘がなければ
ヨットは上滑りし、転覆してしまう。

しかし、単に仕事をこなすだけ、錘だけをつくりつづけたならば
目的を見失い、いつしか海中深くに没してしまうのだ。

自分の過去を教訓とせよ。

もう一度言う。
「仕事」と「悟り」は別ものではない。
それは一隻のヨットなのだ。

あなたの白いヨットが
地中海を まばゆいばかりの太陽の光を浴びて疾走する
果てしなく広がる紺碧の海に、白い波頭がキラキラ光っている。
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≪127≫自己変革のコツ

2010/02/17 17:28
(1)実は、日々に変化している

脱皮成長せねば・・・
自己変革せねば・・・

そう考えている人は多く、
また、その考えは、正しいでしょう。

しかし、

変化とは、
劇的なものでなければならない
目に見えて変化しなくてはならない
まったくの別人にならなくてはならない・・・と思い込み、

その変革を焦り、
変化しているにも関わらず、変化できていないと不安になり、
変化を楽しむ余裕を失っているならば、
とても勿体ないことだと思います。


実は、「変化」とは、特別なことではありません。

自分で、気づこうが気づくまいが
人は、常に、変化しています。
努力しなくても、日々に変化しているのです。


たとえば、あなたが吸っている空気は、
一時として同じ空気であったことはないでしょう。
毎日同じご飯を食べていると思っても
そのお米の一粒として、同じものは食べていないでしょう。

日々に新たなものを取り入れ、
日々に新たな変化の中に生きている。

こんな平凡に見えた毎日が、
一時として休まず、
新たなものを取り入れ、変化している。
それが、真実であるのです。


ですから、自己変革できないと苦しんだり、
自分はつまらない人間だとレッテルをはる必要はないのです。


まず、自分は、「常に変化している」
この事実を受け止めることが大切です。


(2)どう変化の受け止め、コントロールするか


そう。
全てが変化の中にあります。

その変化が、成長であろうと
その変化が、衰退であろうと
必ず、変化しているのです。


だから、大切なことは、その変化をどのように受け止め、
変化をどうコントロールするかなのです。


結局、ほっておいても変化している自分を
自律的に変化させられるかどうか、
そこが勝負なのです。


しかし、変化を自覚せず、コントロールしていない人が
いかに多いでしょうか。

「変化を意識的にコントロールしない人」の特徴は、
えてして、昨日と今日の自分が同じであることを当然と思い込み、
「変化させない」ことを無意識におこなっていることにあります。


自分も、世界も、変化を内在する存在であるにもかかわらず、
その中で、あえて変化せずに留まろうとする。
実は、そこに無理があるのです。

変化しつづける世の中にあって、
変化を受け入れず、自己を保存させることのほうが難しいのにです。


たとえば、既に ある仕事をなし、成果を上げた人々も
そのことにしがみつき、停滞していたのでは
落ちこぼれてしまいます。


自分はこれだけしてきたのに、
今のオレに対する処遇は我慢ならない・・・
これはアイツ(上司、自己変革して活躍している人)が悪い。
この文明が発展しすぎるのが悪い

という思いを発しているとしたら、
本当にもったいないことです。

昨今の文明の進化は目まぐるしく、
しかも、人間の寿命は延びたのです。
つまり、世の中の栄枯盛衰や、会社の寿命より、
人間の寿命のほうが延びたのです。
これはすごいことです。

一生の間に、経験できることが増えている、
早死にしていたらできなかった経験が、今、できている。

このことを素直に受け入れられるかどうか。


結局、「一生の中で色々なことが経験できるようになった」
ということを前提にして「自分の変化をコントロールする」
この心構えが必要になってくるのです。



(3)せっかくならば、変化をコントロールしよう

すべてが変化している、
せっかくの人生ですから、その変化を自分の好むように
コントロールしたいものです。

そのとき必要なものが「理想」です。
自分はどうなりたいのかという理想を描くことです。

このとき、自分の理想を決して否定しないことです。

こんなことは夢でしかないと思う「大きな変化」も、
そして、見過ごしてしまうぐらい「些細な変化」も
自分にとって良いと思えるものならば、
その変化を全て肯定することです。

最初から完璧な理想である必要はありません。
都合が悪ければ、進みながら調整すればよいのです。

大切なことは、自覚する・しないにかかわらず、
自分は常に変化している、ということです。
たとえ一ミリの変化でも、その変化の方向性を
少しでも自分で好ましく思われる方向に変化することです。
そのほうが、断然お得な人生となるわけです。

まずは難しく考えず、無用に力んだりせず
自然に思える範囲でよいので、自分の変化の方向づけることです。
10年後の理想が描けないならば、今日一日の理想でもよいのです。


大切なことは、自分の意識によって、
自分の変化をコントロールすることです。
自分の人生に、自分の意志で決定権をもつことです。



そして、変化をコントロールするための次のステップは
良い意味で「自分にとって都合のよい解釈をする」ことです。


自分なりの理想を描いたならば、
その理想が「磁石のごとく、良いことを引き寄せる」
と信じることです。

全ての出会い、全ての経験、全てのものごとが、
その理想のために向けて使えるのではないかと
考える習慣を持ってみましょう。

つねにアンテナをはり、新たなきっかけをつかむ。
自分の理想が、良ききっかけを引き寄せていると確信し、
新鮮な感覚や、新しい経験、人との出会いを楽しむことです。

結局、良き自己変化とは、大技を必要とするものではなく、
常日頃から、変化を楽しむことです。
その際、過去の自分にとらわれる必要はありません。
常に変化するのが自然なのですから、
自分がよいと思う変化を、どんどん取り込むことです。

常々に変化を楽しむならば、
変化できない自分を裁いたり、自己嫌悪に陥ることもありません。
変化を自分の好きな方向にコントロールすること自体が、
人生最高の道楽なわけですから。

何より、自分が変わったものに応じて、
自分の理想を積み重ねたものに応じて、
自分を取り巻く世界も変化して見えるでしょう。


以上、自分が好きになる 自己変革のコツについて
述べてみました。
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