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『仕事の悟り』 未来への経営
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SAA スピリット・アドバイザー・アカデミー
  【理念】仕事を通して、多様な価値観を統合・融合させ、更なる発展を目指す
  
                       
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≪139≫新たな人生の土台づくり

2014/12/14 11:33
就職、結婚、転職、退職・・・
今、人生の転機を迎えるという人もあるだろう。

新たな人生をスタートするために必要なもの
それが「創造的破壊」である。

これまでの人生で、
それなりの建物を構築してきたことと思う。

数十年という歳月を使って、土台を築き、
素晴らしい五重の塔を築いたかもしれない。

しかし、この五重の塔を破壊し、
新たに何百メートルもの
高いしっかりしたビルを建てねばならない。

その時は「そのビルのため」
基礎工事からきちっとしたものが出来ない限り
途中で崩れるわけだ。

材料も全く異なるし、その方法も全く異なる。

そして、その土台の部分も一度全て掘り起こし、
更に深く掘り下げなければならない。

そう、創造的破壊が必要となってくるのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして、今日のこの一日が、
毎日毎日が
新たな人生の基礎づくりとなっている。

それは、いろいろな形を通して形成されていく。

例えば、かなりの問題やストレスを受けることもあるだろう。
これに対して、事実は事実として受け止めるとしても、
柱まで揺らぐようでは十分な土台づくりとならない。

最新ビルの免振構造のように
自身の揺れを吸収する仕組みをつくることも必要だろう。

そして、高いビルを建てるならば、
地盤の上に深く杭を打ち込むことも重要だ。
浅い基礎ではビルを支えることが出来ない。

では、どうすれば深く杭を打ち込むことができるのか。

その秘訣は、
自らの心境をこれまでの最高に飛翔させ、
その精神力によってことにあたることだ。
これによって、基礎の杭一本が打ち込まれる。
実はこの、どんな状況にあっても、
これまでの人生で得た最高の心境まで自由に戻せること自体が
杭の長さそれ自身となり、ビルを支える土台力となる。

しかも、その戻した心境に浸ることなく、
更に心境をアップし、次なる杭を打ち込む。

このように、杭を打ち込むことが、
これまでの人生の経験を集約し、
次なる土台の原材料となるための再構築作業となる。

これを、全く新しい場面で一日にして成すわけである。

ある意味で
第一の人生の創造的破壊につながることでもあるし、
第一の人生すべてを一日で再度こなしているともいえる。
すなわち一日一生というものに相当する。

大いなる建物を構築するための一歩と自覚し、
日々、新しき人生の基礎固めをすることが、
次なる成功を支えていくのだ。
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≪138≫一日一歩

2014/06/15 08:45
何かを成すと言っても、
あっという間に実現することは非常に少ない。
全ての事が一歩一歩の積み重ねで実現化するといっても良いであろう。

例えば、山登りにしても尾根に出るまでは
暗い森の中を先(尾根)も見えず、
一歩一歩登っていかざるを得ない。

その一歩一歩でさえ、30〜60分もすれば
疲れてくるのであるから休まざるを得ない。
そして、引き返したいという気持ちを押さえて
先の見えない、あてどもない一歩一歩を
踏み出さざるを得ない。

そして、多くの人々と共に登るのであれば
色々な問題も出るし、
雨や雪が降れば、
引き返そうという人々も多々出てくるわけである。

過去へ帰ることはやさしいが、
見えない新しい未来に向かって
一歩一歩進むということは
これ自身が大変なことであり、
また、それ故に偉大なことでもある。

過去の偉人・聖人と呼ばれた人々は、
この道を歩んできたわけだ。

それ自身が、一つのリーダーシップ能力そのものであるわけだ。

さて、このことはあなたの仕事についても言えるわけだ。
やはり一足飛びに最終目標には行けないし
やはり一歩一歩なのである。

また、それが故での楽しみを
見出すことが出来なければならないであろう。

単につらいことに耐え忍んでいるというだけではなく、
その一歩一歩を楽しむということも必要であろう。

それは、ある意味では、マクロとミクロの視点の
両方がなければできないということでもある。
他の人々から見れば、
なんであんな些細なことに喜びや感謝を感じているのか
というものでもあろう。

目標は高く、
その具体的な実現方法は
一つ一つ成果の出せるもの、
それがいくら小さいと言えども
一歩一歩進んでいることを確認し、
努力を楽しむことが大切なわけである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここで、一日一歩の成果を出す「気力」について。

第二の人生で成果を出すに当たり、
まず大切なことは、
一つの事に長い時間継続させて集中するよりも
短時間でどれだけ集中できるかというテーマに取組むことだ。

確かに若い頃は、一つの事に長い時間集中できたし、
それによる効果も大きかった。

しかし、だからと言って、
単位時間当たりのアウトプットが高かったかといえば
そうとも言えない。

第二の人生にとって、このような集中力も大切であるが、
やはり今までの経験を生かし、短時間に集中させることで
大きなアウトプットを得る方が良い。

それも、一つに絞る。

暗記するなら暗記するということに10〜15分集中し、
それでどれだけ暗記できたか試してみる。

本を読むなら読んで、その大意を簡単に表現してみる。

また、思考だけに集中してみるという方法もある。

まず制限時間を設け、その後、その半分以下の時間で
その成果のテストを自らなしてみる。

また、それに対して、結果と次回の目標方法を考え、
翌日実施してみる。
というふうに繰り返すと良いであろう。

学習したり、本を読んだりというのは
一つの習慣化としては大切ではあるが、
それができたなら次のステップへ進まねば
それは停滞を意味するであろう。

若い頃には興味があったから覚えたという部分もあろう。
しかし、50を過ぎると必ずしも興味を持続できるかというと
その分野はやはり限られるであろう。

そうなると記憶力も気力も体力も持続力も落ちて、
過去蓄積してきた世界にだけ生きることになるわけだ。

その中で、いかに記憶力やいろいろなアウトプットに対して
成果を出していくかだ。
それには、やはり新しい方法を構築していかねばならないし、
また、その新しい方法を自ら試し、
成果をチェックし、また新たになしていくことが必要なわけだ。

この「気力」を出すことが肝となる。

是非、今抱えている身近なテーマから取組んでみて欲しい。
テーマや目標は具体的であればある程良いと言える。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

偉人は平凡の中から生まれる。

しかし、平凡の中から生まれる確率は非常に少ない。

一歩一歩の努力精進と
努力が成果を生みだす為の「気力」を駆使して
見えない未来を積極的に創造していただきたい。
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≪137≫第二の人生を生きるコツ

2013/12/15 11:24
        
第二の人生を歩むには、
新たなるものを吸収し、使いこなしていかなければならない。

そのためには、目標は高く、
しかして、その具体的な実現方法は、一つ一つ成果の出せるもの・・
それがいくら小さいといえども、一歩一歩進んでいることが大切である。

大きな目標を掲げ、
それが、今人生の中で達成されなくとも可とする位の
大きな気持ちが必要だ。

だからと言って「諦める」ということではない。

「大きな目標に向かって、手堅い一歩一歩を進めること」、
これこそが大切なわけだ。

これは、単純な思いこみやカラ元気では無理で、
現実を見ながら
中距離ランナーとして走りぬけていく気概が必要となる。

第二の人生のスタート地点では、
当然、仕事の地位も収入も
これまでのものとは全く異なるであろう。

ある意味で、20代で入社したころに戻る覚悟が必要で、
それでも生活し続けていけることが大切である。

何よりも「空手にして立ち、新たなことを吸収し、
実践してゆくこと」に重きをおくことだ。

そう、入社した当時を振り返って欲しい、
大学で習ったもので、実社会で即貢献できる知識は僅かであり、
自らにとって未知の世界への参入であるが、
それ以外に道は無い、という覚悟で取組んできたあの頃を。

その頃の自分に戻るためには、
ある意味で、今までのことを創造破壊し、
柔軟な心とチャレンジ力、
気力、体力、記憶力を
その頃のレベルに戻すぐらいの気概が必要なのだ。

だからこそ第二の人生とも言えるわけだ。

その方法は、その時々で、自らが考え、トライし、
一つ一つ築いていけばよい。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

しかし、現実問題として、20代とは違う!!
という声も聞こえてくる。

事実、筆者自身も、記憶能力が落ちたことを嘆き、
筋力の衰えを感じ、
長時間立っていると腰が疲れてくることを気にしていた。

ここで一言。

まず、記憶力であるが、
記憶できる能力というのは、
これは年齢に関係ないと考えて欲しい。

即ち、いかに新しいことに興味を持ち、
覚え、記憶しようかという気力の問題である。
古いものを一部捨ててもよいから、
新しいものを記憶しようという思いなのである。

この思いが年をとるとともに欠けてくるわけだ。

若いときであれば、
新しいことに必然的に興味が湧くし、
新しい記憶を選別し、記憶の邪魔をする
古い記憶・価値観・先入観を捨てなくても
素直に記憶することが出来る。

まず、新しい世界に生きていこうとし、
それに対して努力していこうというのが
普通なのであるからだ。

しかし、人は年をとっていくに従い、
今までに獲得した良い価値観、成功を成してきたこと、
自己の存在を肯定することで、
それをベースに色々なことが成せるのも事実だ。

確かに、これまでのように
社会的にも一つのフレームワークがかなり長く続く場合は
これでもやっていけるであろう。

しかし、現代のように、仕事も、取り巻く環境も、国際社会も、
数年あるいは10年単位でフレームワークが変わっていくのであれば、
自らもそれに合わせて自己変革していかない限り生きていけないし、
生きているとは言えないわけだ。

これは、昔でいえば、戦国時代から徳川時代へ、
徳川時代から明治時代へ、
明治時代から現代に至るまでも激変している。
そういう時期がかなり短期間で頻繁に起こるということである。

とすれば、古くて重要で無いことは、捨て、
新しいこと、特にフレームワークを変えていく要素については、
どんどん吸収して、自らを変えていかなければならない訳だ。
これが、ドラッカーの言う、乱気流の時代を生きるということであり、
ネクスト社会のリーダーになっていくことでもある。

しかも、その人の第二の人生をどのように過ごしていくかという
大きなテーマも、この長寿命、知識社会であるが故に
こなしていかなければならなくなった。

つまり、
1)10年単位(仕事なら3年単位)のフレームワークに
どの様に自己変革していくか。
2)第二の人生を生きるために、何を準備し、自己変革していくか。

この二つが、今後の社会における教育に与えられた
大きなテーマなのである。

これは、それ自身が、教育を受ける者、
そして教育をなしていく者の両方にとっての
BIG CHANCEでもある。

こういった観点を持ち、新しいことに興味を持ち、覚え、
新しいものを記憶しようと、ある程度継続的に努力することだ。

何年かすると、同じ時期にスタートした若者よりも
記憶が定着している自分に気づき、新鮮な驚きを覚えるだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


また、筋力も回復能力を持っているが、
それは、ある程度継続的な努力がなければ実現しない。

この辺は若い頃のつもりでやると、筋力を痛め、
二三日休養を取り、寝ないと元に戻らないということも起こる。
それは、年齢や過去の努力に合わせた方法を講じなければ、
継続的に高めることができない。
負荷が高すぎ、二三日痛むと、これが自分の限界だと思い込み、
次に無理をしなくなるという負のスパイラルに入ってしまう。

しかし、継続的に自分に合った負荷で努力していけば、
確実に筋力が復活していく。

その際、焦らないことが大切だ。
その人にとっての急ぐということは、
他の人のペーストは異なる。
体力・気力そして筋力の回復は
亀の如く遅々とした歩みに感じられることもあるだろう。
第二の人生ともなると、いくら気持ちを若くすると言っても
その方法については熟慮されなくてはならない。

若い時には50の筋力があれば、50の筋力が使えるし、
回復も早いわけだ。

しかし、第二の人生においては、
50の筋力を普段使おうと思えば、
100の筋力を構築しておかねばならないし、
柔軟性もかなり要求されることである。

そういう意味でも、かなり時間の掛ることだし、
また、それに耐え、一粒一粒を蓄えていくより
方法は無いであろう。

それはそれとし、
目標を掲げ、やる以外にはないであろう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

繰り返しになるが、第二の人生を生きるコツは

大きな目標に向かって、手堅い一歩一歩を進めること、

この一言の重みを、実体験していただきたい。
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≪136≫物事を一段上から把握する習慣を

2013/06/15 10:29

物事を分解し、
それぞれを解明し、
それぞれの結び・つながりを予測し、
再組み立てするという
知と理性を中心とする考え方から解脱しよう。

これからの時代は、
まず、一段高いレベルからつかみ、
その後に、この知・理性で分け、
分かりやすくするとともに
応用展開を考えてくことになるのだ。

ニュートン、アルキメデス、アインシュタイン
こうした人々は
まず、一段上のイメージを
インスピレーションとしてもらっている。


それを偶然の発見と言うか否かはともかく、
こういう手法を意識し、多くの人々ができるようになることが
これからの時代のテーマとなるのだ。


これまで、「分解のワナ」にはまった人々が成してきた
ガラクタ思考の枠を悲しく思う。

インスピレーション等の神秘主義と
合理主義精神の
不思議な調和・発展が必要である。

これは、「知は信の世界の一部である」という裏付けを
理解していなければ一歩も進まない。

神秘主義と合理主義精神の調和・発展と言っても、
人々は即コンピューター感覚、即ち、0か1かで考え易い。

知っているか、知らないか。
必要か、必要でないか。
優先順位が先か、後か。
優先順位が不明確ならカタッパシから処理するという動き。

これは、処理能力が高く、速い為、
ある一定レベルまでは重宝されることではあるが、
枠の中から抜け出すことは出来ない。

すべてをこれと同じ感覚でとらえようとしていることに
気付かなくてはならない。

このままでは、同じ道を歩んでしまう。

この感覚を超えるため
まず「一歩上の視点から見る」という習慣をつけてみよう。

言葉は簡単であるが、
分解、組立、理解するというパターンが
業としてしみついている人にとっては
まず、この思考習慣をつけることが必要なのだ。

無意識で行っているコンピューター分解思考を
一度、白紙にしない限り、
新時代に適応する思考はつくりえない。

ぜひ、一日の全てを「一歩上の視点から見る」という生活に
トライしていただきたい。
その新習慣の中で、新しい視界が開け、
次のステージが見えてくる。
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≪135≫成長をもたらす競争とは

2012/12/16 09:39

◆競争社会がもたらすもの

現代社会の風潮として、
個人における学歴、仕事、報酬といった競争だけでなく
国家間の競争など、
多くの人が競争社会の影響を受け、
疲弊しているように見受けられます。


本来、競争、切磋琢磨は、
多くの人が成長し、社会も進化していく推進力であり、
そのこと自体は肯定されるものです。

例えば、ゆとり教育が一時期もてはやされても、
結果として失敗に終わったように、
競争のない世界は、
成長への目的意識が薄れやすく、
停滞、堕落や退廃が起こりやすくなります。



競争は進化の推進力であるのです。



しかし、何のために切磋琢磨するのか、
その目的を見誤っているのではないでしょうか。


単なる競争のための競争、

相手を打ち負かすことで
自らの正当性や優位性を誇示したいという自己顕示、

仮想敵国を設定し、自国を優位に持っていく戦略、

そのような使われ方をしている場合があります。



確かに、こういった考えにより、
一定の成果を得ているのかも知れません。

しかし、一方で、必要以上に「敵」を生みだし
自らの立場を危うくしているようにも見えます。


このような、「他を排し、自らが優越するための競争心」
という使われ方により、

隙あらば、自分を倒したいと思う「敵」を生みだしたり、

同時に、打ち負かされた側が傷ついたり、
挫折や焦燥を感じたり、
不安、不幸、孤独から他者との接触自体を拒むなどの、
ノイローゼ現象等も生みだしています。

このように、競争に対する考え方や態度により、
善き成果が生まれることもあれば、
逆に、「生みだすべきでない」ものを
「創造」してしまうこともあるのです。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◆創造の責任

人間には「創造」の自由があります。
自分の考え方や行動により、
何かを生みだす自由があります。

しかし、その自由には責任が伴います。
生みだしたものに対する責任、反作用が伴います。


競争は、成長という「善」をもたらし、
競争は、敵や挫折などの負の産物をもたらす。

この、生みだした善と悪とのどちらが多いかにより、
その競争の意味が問われます。
そこに責任を持たなければなりません。


もし、負の産物の方が多いならば、
敵を生みだしたならば、
そこに、何かが欠けているのです。

敵を生みだしたのは自分の責任です。


本来味方であるべき家族を敵にしたり、
本来味方であるべき上司や部下を敵にまわしたり、
本来協力者であるべき仲間を敵にまわしたり、

自らが敵を創造したことで、
敵を倒すという不要なエネルギー消耗が生じ、
本来なすべき目的が遅延・阻害されてしまうのです。


また、相手を敵にしてしまうことで、
本来活用することのできた「可能性」の道も閉ざします。

もし、敵が味方であれば、
あの人脈を活用することができた、
あの技術を取り入れることができた、
別の成長分野に取り組むことができた、
商売が成立し、互いにメリットを享受することができた。

このように、相手が所有するものや、相手の縁により、
自らの可能性も拡げることができたかもしれないのです。

可能性という選択肢を閉ざしたのは
敵を創造したからです。

自らが創造したものが何かによって
その反作用が起こります。
反作用が自らにとって善きものでないならば、
自らが創造しているものを注意深く観察し、
その創造を止め、創造したものに変更を加える必要があります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◆軌道修正のカギは「関心」と「感謝」

同じ「競争」であっても、

一方では、切磋琢磨により、互いに成長し合い、
同志としての一体感も強めることもある。

しかし、一方では、勝者敗者の明暗を分け、
敵を生み、
自らの阻害要因を増やし、
自らの可能性・選択肢を潰してしまう。

その違いを生みだしているのは、
相手への関心と、
相手の存在への感謝があるかどうかです。

相手への関心・感謝なき競争は、
やがて、その反作用が自らに負の影響をもたらします。

もし、もがけどもがけど、敵ばかりが増えると思うならば、
考えてみてください。
自分は自分のことで一杯で、他者への関心など無かった、
感謝の気持ちなど枯渇し、不満で一杯だった。

思い当たる節があるならば、
それは、自己中心的な自分に責任があります。


もし、本当に成長したいのならば、
真実の成功を得たいのならば、
ほんのひと時でよいので、考えてみてください。

・相手は、自分のことをどう思っているのか?
・相手は、自分にどうあって欲しいと思っているのか。
相手にとって、自分が敵である必要があるのか?
・相手が大切にしているものは何なのか?何を守ろうとしているのか?
・相手は、何が実現すれば幸福なのか?どのような理想を抱いているのか?

このように、相手の気持ちになって考えてみてください。

そして、機会があれば、勇気を持って相手に聞いてみてください。
かなりの確率で、相手は自分が想像していたことと
全く別のことを考えているでしょう。

それほどまでに、自分は、
真実の相手の姿を「知らない」のです。

相手を正しく理解していないから、
相手が敵のように見えているのです。

理解しあえば、敵ではなくなります。

そして、次に、感謝の思いを強めてください。
例え、相手に対する感謝は持てなくとも、
まずは、身近な存在に感謝してみてください。

・家族への感謝。
・協力者への感謝。
・仕事があることへの感謝。
・肉体があることへの感謝。
・毎日、食べ物に宿る「いのち」をいただいていることへの感謝。
・心臓や肝臓といった臓器が働いていることへの感謝。

このように、当たり前と思っていたことの一つ一つに
あらためて感謝してみてください。

そして、感謝のエネルギーで満たされたならば、
敵と見えし相手にも、感謝を向けてみてください。

自分として、直接感謝する気持ちが湧かないという場合、
相手の家族や部下、相手のことを感謝する人の立場に立って
相手に感謝を向けてみてください。
間接的に、誰かの立場に立って、相手に感謝してみるのです。

そうすることで、相手が何を背負って生きているか、
そのことに思い至るでしょう。

そして、相手をとりまくものを少しずつ理解でき、
間接的に感謝することができるようになったら、
相手にどうなって欲しいか考えてみてください。

どうなれば、相手を取り巻くものを幸せにできるのか。

そして、自分には何ができるのか?

単に相手を敵として廃絶するのではなく、
どのように振る舞うことが、相手のためになるのか?

それを考えてみてください。

単に相手を言い負かすだけでなく、
相手を生かす為の生産的な何かを
提言できるようになってきます。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自分も、そして相手にも成長をもたらすカギ
それが、「関心」と「感謝」です。

これにより、単なる勝者敗者の明暗を分けるだけの競争から、
共に成長し、その力で互いに助け合う関係が生まれます。

人には創造の自由があります。
単なる敵を生みだすのか
切磋琢磨し、共に成長し、互いに助け合う仲間を生みだすのか。

その選択は、自分がどう考えようとするか、
その決断にあるのです。

勇気を持って、自らの人生をより善きものに変革してください。
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≪134≫付加価値とは

2012/06/30 12:20

ニュートンの万有引力の法則
リンゴの木から、リンゴが地に落ち、そこにとどまる。

「リンゴが落ちる」という現象は、誰もが知っている。

この事実に対し、三つの選択肢がある。

これを、偶然現象、
例えば人間もこの世界も偶然の産物と考え、
リンゴが落ちるという事実に、
何の意味も感じない第一の人々。

これは、神が天地創造の時にそうされたものであり、
ただただ受け入れれば良いのだという第二の人々。

これは、神が天地創造の時にされたものであるが、
きっとその奥には、
我らの知らない法則というものがあるに違いない。
それを知ることは、
きっと神に近づける一歩ではないだろうか?
それを多くの人に示せれば、
多くの人々が一歩神の世界に踏み込み、
より幸せになれるのではないかと考える、
第三の人々。

ニュートンは、その第三の人々であったわけだ。


「全ては偶然である」と思えば、何も進まない。

たとえ、一見値打ちがないようなものであっても、
そこに「意味がある」と信じる人がある。
そして、全てに意味を感じ、探求する人々がある。
その人が、世の中に価値を生みだす人なのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自然の中に存在する絶対的な法則
ニュートンが発見しても、しなくても、
リンゴは木から落ちている。


同じように、人の中にも共通の法則が存在する。

それを発見しても、しなくても、
理屈ではなく、何らかの価値により、
人は、判断し、選択し、行動している。

今は、無意識下に置かれている、
得体の知れぬ価値基準を明確にし、
多くの人が、理解・共有しうる財産とすることだ。

多くの人が共感できる、動機づけ・行動の意味を示すことで、
人も組織も、意思をもって動き始めるのだ。


ここで、一点付け加えておきたいことは、
「付加価値とは、より幸せを生みだすものであり、
客観的な値打ちを伴う。」という点である。

自分さえ良ければ良いというものは、
それ以上に「拡がらないもの」だから、価値が増えない。

拡がらないということは、
普遍的な価値を持っていない、
もしくは、普遍的な価値に至るまで
深く、その意味が追求されていないという答えだ。

逆に言えば、拡がっているものは、
なぜ、それが拡がっていくのか?
その理由を考えることで、
その共有の価値・本質を追及することができる。
その本質を種子として、
次の可能性を創造することができるのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

どんなことでも意味がある。
その意味を発見せず、無駄にすることほど、
もったいないことはない。
そこに、宝の種が埋まっているのだ。

目の前にあることを、
当たり前、偶然ととらえるのではなく、追及せよ。
神様が自分に与えてくださったチャンスだと思い、
深く掘り下げることだ。

表面的な現象の奥に、脈々と流れる
エネルギーの源まで掘り当てることだ。
そして、そのエネルギーの本質を知り、使いこなすのだ。

その時、あなたが発見した価値が、動き始める。
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≪133≫今の実力を超えるために

2012/01/25 08:47

いかに優秀な偉人や聖人といえども、
この、乱気流の中で舵取りをすることは
難しいのではないかと思える
今日、この頃。


むしろ、これから数年の間に襲い来る事件を
今のうちから察知することなく
既にある、数々の警告に気づくこともなく
平凡な人生を生きることができたならば、
それは、それで、幸せなのかも知れない。


しかし、誰かが、その時代の真意に気づき、
一手を打っていかなければならない。



そして、それが「あなた」だとしたならば、
心からエールを送りたい。


−−−−−−−−−−−−−−−−−

難題に立ち向かうために必要なこと。
それは、現在の自分を超えること。

その方法とは、
「明るさ」と「リラックス」だ。


心を軽くし、
他人の評価という、しがらみ・呪縛を断ち、
何も産出さない 先入観やこだわりを捨て、
ただ、一生懸命に取組む。
その時、今の自分の実力を超える力が発揮されるのだ。


唐突に「明るさ」と「リラックス」と言われても、
ピンとこないかもしれないが、
裏返して考えればどうだろう?

●「明るさ」と「リラックス」を保てない時とは・・・、

・失敗を恐れている。
・自分の評価に重大な影響を与えると身構えている。
・上司や部下の欠点が目に付く。
・他人が自分を否定しているとしか思えない。
・自分のことを理解してもらえない不満がある。
・悩みや隠し事がある。
・何かを失うという恐怖心がある。
・自分が大変になるのは嫌だと、保身が働いている。
・漠然とした不安がある。
・世の中、つまらないと感じる。
・○○せねばならないと、縛られている。
・○○すれば、□□になるという先入観が邪魔をする。
・etc・・・

こういった心境にあることが多い。


●一方で、自分の実力が発揮できない時はどうか?

試しに、「明るさ」と「リラックス」が保てない時の
項目を当てはめてみよう。
・失敗を恐れている。
・自分の評価に重大な影響を与えると身構えている。
・上司や部下の欠点が目に付く。
・他人が自分を否定しているとしか思えない。
・以下・・・(上記項目)

驚くほど、項目が一致する。

「明るさ」と「リラックス」を保てない要因は、
持っている実力すら発揮できていない要因でもあるのだ。


とすれば、こんな使い方ができる。

自分が、実力を発揮できていない理由を、
複雑な環境のせいにしたり、
いろいろな都合や、言い訳によって、
自分以外のせいにしたい時もある。


しかし、本当に、成果を上げたいならば、
自分に問いかけてみてはどうか?

自分は、今、明るいか?
リラックスできているか?
前向きか?
伸び伸びしているか?


簡単な問いかけだ。

しかも、
誤魔化しがきかない。


この時に、自分の仕事のパフォーマンスも、
そこに働いている自分の思いも、
客観的に検証できるのだ。


もちろん、リラックスより、
適度な緊張が必要という人もあろう。
そう。それは正しい。

ただし、緊張感にあっても、
それを超越する、「解き放たれた自己」が保ててこそ
実力を超える力を発揮することが出来る。
つまり、単なる緊張をコントロールする、余裕が必要なのだ。

他人の評価を得るために緊張するのではなく、
自分の生きる姿勢に、ほど良い緊張を持つ。
「自分が後悔しない人生」を生きるということに
100%の責任を持つことだ。


今までに経験しなかったことが次々起こりうる
厳しい環境であるからこそ、
今までの自分以上の実力が発揮されるよう、
「明るさ」と「リラックス」
この心境を維持する。
決意と覚悟と努力が必要なのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここで、老婆心ではあるが・・・、
頑張りすぎ、息切れして実力が発揮できない
「真面目」な方のために補足しておこう。

ポイントは、
「焦らず」
「諦めず」
「無理をせず」で
進み続けること。

要は、「継続」することだ。

この環境の中で、いかに結果を出し続けるか。

いつ途切れるとも知れない問題の連続に
全部正解しようとしても苦しくなる。
焦っても、諦めても、無理をしてもいけない。
トータルで勝つためには、継続への配慮が必要だ。

もちろん、一つの結果を出すために
集中し続け、
寝食削ってやり遂げてしまう方法もある。
時には、それも必要だ。

しかし、これも程々にしておかねば、
長い時間で見た時の結果は、
決して良いものとはならないであろう。


そして、基本的なことではあるが、
走り続けてダウンしないような
身体的な面でのコントロールも必要となろう。
意外に疎かにされやすいので、念を押す。

優先順位を明確にし、
状況や、自らの体調に合わせ、
自由自在に時間を使いこなす。
これが大切だ。

そして、

焦らず
諦めず
無理をせず

ポイントは継続である。


そして「明るさ」と「リラックス」を持って
この時代の勝利者として、
本物の栄冠を手にしていただきたい。

        

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