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『仕事の悟り』 未来への経営
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SAA スピリット・アドバイザー・アカデミー
  【理念】仕事を通して、多様な価値観を統合・融合させ、更なる発展を目指す
  
                       
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≪123≫不完全を前提として生かされている

2009/03/22 10:25


「人間は、不完全であることを前提として、
その存在を許されている。」


これは、驚きの事実です。


不完全であるということは、
自分以外のものを必要としているということであり、
生きている、ただ、それだけで、
他のものの力をいただき続けている存在だということです。
そして、それでも、なお、存在を許されている
この事実を深く鑑みるとき、生かされていることに謙虚になれます。


誰の世話にもなっていない
誰の力も借りていない
自分ひとりで生きている

こう反論される方もあるかもしれません。



しかし、考えても見てください。
人間は、なぜ食べ物や栄養を必要とするのでしょう?


小麦や野菜、果物、お肉・・・
何かを口にし、消化し、吸収することで、
はじめて、人間は生きることができています。



何か
を食べないと生きていられない



しかも、果物は吐き気をもよおすほど不味く、
穀物は、それを食すると頭痛をおこす・・・そのように、
人間に食べられることを拒絶する存在ではありません。
あくまで、美味しく、栄養に満ち、エネルギーとして変換し易い
「食べられることを前提として」存在しているかに思えます。


こうして、自分ひとりでは生きてゆけない存在が、
生かされている。

不完全な存在であることを前提として、
生かされている。

そして、不完全な存在であることを許され、
その不完全さを互いに補う形で、
世界が創られている。


この事実を深く深く味わうことで、
自然に、自分の存在というものを
謙虚に考えるようになってくるのではないでしょうか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここで、老婆心ながら、
「謙虚さ」と「自己否定」の違いを述べておきましょう。


不完全な存在であるということを認めても、
その不完全さが許せない「潔癖症の性格」の人がいます。


なぜ、このように、自分は何かを犠牲にしながら生きているのか?
なぜ、傲慢で、間違い多き人間なのか?
自分が存在することが、そもそも罪なのではないか?


そのように、自己否定することもできるでしょう。


しかし、ただでさえ、不完全にして、生かされている存在が、
自らの不幸や自己処罰の念で生きたからと言って、
何も産出さず、誰もメリットを享受することはできません。



実は、「自己否定」の深層心理は、「自己愛」です。
「自分が不完全なのは自分のせいではない。
自分としては完璧を求めている。
自分としては何も犠牲にせず生きたいと思っているんだ・・・」と
自分を正当化させるために、
他の人の目線に先立って、自己防衛・自己否定をしているのです。


誰も責めてはいないのに、
「正しき自分」が、「弱き自分」を先に責めることで、
正しき自分の正当化、論理武装をしているのです。


このように、他人に責められる前に、
自己内部に育てた他人の目線(他人が正しいと考える自分)で、
先立って自分を責めることで
実は、無意識に自己防衛している、それが「自己否定」です。



結局、自分のことしか眼中にないのです。



しかし、「謙虚さ」には、他者への感謝があります。


不完全であることを自覚し、
その不完全なる自分が、あえて生かされているならば、
自分を育んでくださっているもののために、
何かプラスを生み出そう!
世の中に、生かされていることへのご恩返しをさせていただこう!


このような考えに至るのが、謙虚さです。


そして、謙虚さは感謝を含むがゆえに、
素直にして、自分を飾らず、
一つ一つできることからプラスを産出すという
プラスの歯車を動かし始めるのです。



不完全な存在であることを前提として
生きることを許されている・・・と感謝すること。


だからこそ、不完全な存在としての謙虚さを持ち、
世の中にお返しをしていこう・・・と考えること。


これは、とても心穏やかにして、
しみじみとした幸福を味わうことのできる
心の処方箋なのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして、不完全な存在としての謙虚さと、
多くの協力をいただいていることへの感謝を持つ人は、
実は、思いがけない成功をもたらすことが多くあります。


その心の穏やかさは、他の人にとっても心地よいものであり、
安心感をもたらすからです。


例えば、成功しよう、成功しようと
出世欲や名誉欲でギラギラしている人を考えてみてください。


その人も、不完全な存在であり、
その人の成功は、なにかの犠牲の上になりたっています。


しかし、その成功に至るまでの
多くの人の支えに感謝することもなく、
自分の力で成功したと思い込んでいる人ならば、
その傲慢さゆえに、
他の人にとって不愉快な存在に感じられます。


そして、成功へのエネルギーが枯渇し、力を失いかけたとき、
機会があれば、失脚させたいという
否定の集合想念の渦に巻き込まれ、あっという間に沈んでいきます。



しかし、感謝と謙虚さは、
他の人にも心地よい温かさを持ちます。

それは、まるで春の日差しのように、
人間的な温かみを持ち、成長のエネルギーに満ちています。

そして、人々は、安らぎを感じ、共感したくなります。

心地よい存在だからこそ、
その人の成功を、多くの人が肯定し、
協力してくれるようになる。


心地よいものには、もっと存在して欲しいと思う、
それが、人間の心理であり、
だからこそ、多くの協力者があらわれ、
我ならざる力によりて、
その人が成功の軌道を歩むことができるのです。


それが、謙虚さと感謝に満ちた人が
自然に成功していく理由です。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして「不完全さの自覚」のもう一つの効用として、
「ありのままの自分」「ありのままの他人」「ありのままの現実」を
肯定する、心の余裕が生まれる・・というものがあります。


そもそも、不完全なる存在として許されているならば、
何ゆえに完璧を求めるのか?
自分にとっての完璧さなど、
広大な許しの世界、包容の世界において
小さな砦に立てこもってガンジガラメになっている
偏狭な自我でしかない!

このような心境に至ることができるのです。



そして、自分の中にも、不完全さをも受け入れる「包容力」
ありのままを肯定する「心の余裕」が醸成されてくるのです。


そして、この「心の余裕」は、素直な問題認識に繋がります。


そもそも不完全な存在であると知っているからこそ、
完璧でない理由を素直に受け止め、
改善のための愚直なる努力を、
コツコツと実行することができるのです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

不完全であることを前提として
存在を許されているということに関して述べてみました。

時折、この考えを持つことで、
ガンジガラメになった心を解きほぐし、
生かされている、ということ自体が幸福であるということを
考えてみるのもよいのではないでしょうか。


ただし、「許されている」という甘美さから、
最初は、感謝から報恩の力に至っていたものが、
現状への満足、停滞、という甘えの構造に繋がり易い
という傾向を持っています。
あくまで「感謝からのお返し」というプラスを産出す行為に至って
この思考が威力を持つものとなる、
・・・ということも述べておきたいと思います。


以上、何か一つでも、お役に立つことがあれば、幸いです。
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≪122≫「今」というチャンスを無駄にするな!

2009/02/01 17:36
こんなチャンスは、二度とない!


そう、声を大にして叫びたい!


マスコミは、なぜ、悲愴感ばかりを漂わせるのか?
なぜ、自らの力で成功する者を叩くのか?
なぜ、人々の依存心を煽り、無力化させるのか?
なぜ、自ら立つ力のある者が、援助・救済ばかり求めるのか?
なぜ、目先の欲に捉われて、欲のもたらす結果が見えないのか?


しかれども、今、このときこそが、
新生のチャンスでもあるのだ。


世の中が暗くなり、
自ら立てる者ですら、
当然のごとく支援・救済を叫ぶ。

そして、そのような「タカリ精神」に嫌気を感じ、
正常な感覚を有していた人達までもが、いつしか、
「この状況を、どこかの 誰かに 何とかして欲しいものだ」と、
「不満」を言い、解決を、どこかの誰かに「依存」する。


こうして、全ての人が他の人に救いを求め、
世の中全体が、暗闇に沈んでいくかに見える。


しかし、世の中には、一つの流れがある。
それは、暗くなればなるほど、
暗闇に身をゆだねる人の数も増えるが、
逆に、その状況に危機感を覚え、自ら立ち上がろうと
決定する人たちが生まれるという流れだ。


依存する人も、依存される人・企業・国も、
ともに溺れる危険におおわれはじめたとき、


「このままではいかん!」と
本物が目覚めるのだ。


世の中が順調に進み、特段の努力なくとも無難に過ごせるときには、
意外に「本物の出番」というのは少ない。

しかし、
自分は、正義のヒーローだという自覚もなく、
どこかの、誰かが、やってくれるのだと思っていた者が、
目の前で、大切な人が溺れかかっている!
そう気づいた時、
突如として、本来の使命に目覚める。


このように、
危機とは、ある意味で
本物が目覚めるチャンスでもある。


百年に一度の危機
ならば、一生に一度の大チャンスではないか!!

この「今」というチャンスを
無駄にしてはならない。

・・・・・・・・・・・・・

考えても見れば、
新しい商品、新しい価値、新しい発想、新しい文明
こういったものの多くは、
なんらかの危機や逆境の中から
産出されたものが多い。


発明、創意工夫、新しき考えというものは
ギリギリの線で生まれることが多いからだ。


無我夢中という、「我」ならざる状況が
仏教で「無我」という、
インスピレーションを受け易い状態を生み出すからだ。


ちなみに、無我には、
静寂における無我と
行動における無我がある


静寂における無我とは、
いわゆる座禅等の修行によりて、
心の波立ちの原因となる「我」を断つ修行である。


そして、行動における無我とは、
我ならざる人のために、考え、行動し、貢献していく中で、
いつしか、自分への評価や賞賛を忘れ、
ただ、他の人の幸福を願うようになることである。


自分が生きているのではなく、
必要とされる使命を果たすべき者が
使命そのものとして生きることで、
「自分」という小さな殻を超えることができる。


名前が何で、生まれや肌の色はこうで、
両親が誰で、育ちはどうで、
学歴や過去の実績はこうだった・・・と、
自分を規定してきた「レッテルのある自己」から、

「従業員の生活を護る人」
「お客さまの幸福を実現し続ける人」
「この問題を解決する人」
「道を示す人」
「新しき流れを生み出していく人」
「未来に対して責任を持つ人」・・・

このように、使命を基点として考え・行動する人に変わる。
これが、行動における無我である。


結局、何が大切であるのかというと、
「誰がやったのか?」ではなく、
「何が解決されたのか?」
「何が実現したのか?」
「何が誕生したのか?」


つまり、
「使命が実現する」「目的をやり遂げる」ことが大切になる


これが、行動において無我なる人の特徴である。


そして、行動における無我に必要なものは、
「空手にして立つ」覚悟。


生まれてくるときには、何も持っていなかった。
この生命ですら、自分で生み出したものではなく、
授かったもの。
すべて無かったもの。


だからこそ、失うことを恐れず、
多くを与えてくださった方々への感謝を
今こそ、かたちにしていくこと。



経済的苦境も、
あなたが、使命として生まれ変わるための良いチャンス。

自分達さえよければ問題ないとする傲慢さ、
国や社会など、他者の救済を求めるタカリ精神
アメリカへの依存的体質、
世界第二位の経済大国にして、
いまだ救ってもらう側に立とうとする無責任さ。


大恐慌時代の大統領フランクリン・ルーズベルト曰く
The only thing to fear is
to fear itself.

恐れる理由は何か?
それは、自己保身以外の何ものでもない。

今、この時に断つべきは、「自己保身」である。


「自己」の枠を超越すること。
百年に一度の危機的状況というならば、
今が、その最大のチャンスである。


「自己中心的発想」を掴み捨て、
「自己保身」に起因する恐れを超越し、
「自我我欲」を超越する「使命」として生きること。
その、新生のチャンスが、今、このときなのである。


世の中は変わっている。
昨日までの自分を捨て
自己変革を阻害する、怠惰なる心を捨て、
世の中に求められる存在として新生するチャンスなのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして、一番大切なものは何かというと
実は、「時間」である。
今、この、貴重な時間を無駄にしてはならない。


世界が膨張しているときは、
たくさん掴んだと思っても、
膨らまし粉で膨らんだスポンジケーキのごとく、
得ているものの実質は少ないこともある。

しかし、収縮しているときには、
智恵も、エネルギーも凝縮されている。


「今」という時は、変革、発明、創造、
すべての新しい流れのエネルギーが凝縮されたとき、
新しいものが生まれる大チャンス。
この同条件における時間は、二度とない。

今こそが、飛躍のためのエネルギーを蓄えるとき。


この、チャンスの時代を無駄にしてはならない!


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≪121≫ 考えるコツ 厳しい時代を乗り越えるために

2008/12/14 23:27


厳しい環境の昨今、次から次へと襲い来る想定外の出来事に、
時には、辛く、投げ出してしまいたくなることも
あるかもしれません。


それでもなお、頑張り続けておられる皆様に、
力一杯のエールを送ると共に、心から感謝申し上げます。


この厳しい時代にあって、あらためて過去を鳥瞰してみると、
恐慌、戦乱、飢饉・・・など、
人々が、幾多の逆境を乗り越えてきたことに感銘を覚えます。


厳しさを乗り越え、不断の努力を続けてきた、
その結果、今があるのです。


そこで注目すべきは、厳しい環境下にあっても、
その環境を乗り越え、強くなり
次の時代を牽引する人が必ず存在する・・・という事実です。


そして、時代や、置かれている立場に違いはあれ、
その人たちには、共通点があります。


それは、「考え方」です。


前向きな「考え方」によって、
どんな環境にあっても、成果を出し、現実を変えているのです。


同じ環境下にあって、
暗いニュースや、悲観的な話題にばかり同調する人、
嘆き悲しんでいるばかりで、何ら努力をしない人、
職場や、政府など、他の人の救済に依存している人、
こういった人が大多数であったことでしょう。

しかし、時代を変革してきた人は、暗き想念に流されません。
志をもち、自らの意思で、前向きな考え方を堅持し続けています。
その意思の力が、目に表れ、言葉に現れ、態度や行動に顕れます。
受け取る情報が変わり、反応が変わり、アウトプットが変わります。
こうして、意識的に「考えをコントロール」することで、
プラスの変化を生み出し、運命を変えているのです。


「考える」ことは、大変なことなのです。



■考えるコツ

「考える」ことは、
運命を変えてしまうほどの力を持っているにもかかわらず、
日頃、意識して考えている人は、
意外に少ないのではないでしょうか?


「考える」とは、入口は広きものであったとしても、その奥は深く、
本当は、禅寺にでも篭って、探求すべき課題であるといえます。

しかし、そんな悠長なことを言っていては、
今現在の厳しき環境を乗り越えるために間に合わない!
と、おっしゃる方もあることでしょう。

そこで、自分の考え方が、
自ら望む成果を上げる「考え方」となるよう、
考え方をコントロールするコツ及びチェック法について、
簡単なものをご紹介してみたいと思います。




(1)自分が「本心で」願っていることは何か?:目標の明確化


考え方をコントロールするためには、
まず、「自らが本心で求めている世界」はいかなるものであるか
明確にすることから始めます。

なぜなら、目的地と、向かう方向が違えば、
成果はちぐはぐなものになってしまうからです。
きわめて簡単で、当然の結末です。

しかし、この簡単なステップが、意外にも軽んじられ、
現実が変わらない人が、あまりにも多いのです。

あなたご自身が、常日頃、何を望んでいるのか
簡単な実験をしてみます。
あまり難しく考えず、本音ベースで次の質問に答えてみてください。


=【質問1】=======================

 神様が急に目の前に現れ
「汝の、願いを何でも叶えてあげよう」とおっしゃっています。

さあ、あなたは、何をお願いしますか?

神様は次のマバタキで消えてしまいます。
マバタキするまでに、願いを伝えてください。

=============================

さて、皆様は何をお願いされたでしょうか?


例えば、受験合格や、家族の健康、結婚願望、子宝、ローンの返済、
資金繰り、倒産回避、人事掌握、給料アップ、新事業の成功、
社員のリストラをしない方法、リストラされない方法
・・・など、その願いは様々であり、切実なものでしょう。

しかし、ここに一つの傾向があります。
実は、「本音ベース」で、考えに、考え、考え続けていることだけが、
咄嗟に思い浮かぶということです。

単に、お仕着せで考えていることや、
表面的に取り繕っていることは、瞬間的に出てきません。

常日頃考えていることが、意外に出てこなかった・・・と
驚かれている方もあったことでしょう。

また、「あれもこれも」と考えが総花的になってしまい、
何一つ願うこともできず、不用意にマバタキをしてしまった!
という方も、結構おられたのではないでしょうか。


逆に、願い事を克明に述べるため、マバタキを必死でこらえた方も
おられるかもしれません。(流れ星はスグに消えますが、マバタキは、
ある程度、自分の意思でコントロールできて有利です。)


このように、質問に対し、各人各様の反応があったと思いますが、
何をどう答えたら「正解だ」というものではありません。
あくまでも、「自分が何を考え、何を願っている人間であるのか」
という、自分の本音を知ることが大切なのです。


「自分はもっと高尚な願いを持っているのに!」という方も
おられるはずです。ご安心下さい。これは本番ではありません。

もし、今、納得のいく「願い」でなかったならば、
不意にやってくる機会であっても、それを逃すことのないよう、
明確に、明確に、思い描き、常に準備しておくことです。

チャンスを逃さず、微かな可能性であっても確実にモノにすること。
そのためには瞬発的に動けるような、基本訓練が必要なのです。


結局、自分が実現したい理想や目標を実現することに対し、
自然に動きがとれるようになるまで落とし込むこと。
癖や習慣になり、考えようとしなくても、常々考えていること。
この、理想の明確化と浸透・訓練が、
「考え方」をコントロールする第一歩なのです。



(2)その目標は正当なものであるか?:目標の検証


さて、あなたが、日々、何を考え、何を願い・目標とするのか、
明確になってきたでしょうか?


ここで、もう一度、神様にお願いできるチャンスがありますので、
次の質問に進む前に、自分の考えを整理してください。

  ・
  ・
  ・
  ・
  ・

では、次の質問に移ります。


=【質問2】=======================

神様が、あなたの目の前を通過されます。

あなたの目の前を通られる瞬間に、願い事をお伝えできます。

神様が、振り向いてでも願いを聞き、
その願いを叶えたくなるものであるよう、
説得的に願いごとを伝えてください。

=============================


神様へのプレゼンテーションは、いかがでしたでしょうか?


ご自身の願いが叶うということは、素晴らしいことではありますが、
ここで一つの問題があります。


それは、「欲望の肥大化」です。


単に願いが叶うことが良いというわけではありません。
例えば、宝くじに当たるように、単発で欲望が叶った場合、
瞬間的には成功したようであっても、それは砂上の楼閣であり、
欲望が叶うことが、次の破局の引き金となる場合があります。


それが「正当」な願いであり、願いが叶うことで「成長」があり、
次の成功への「ステップ」となるからこそ、成功と言えます。
                     【3Sの成功】


更に、成功し続け、大きく展開していくためには
他の人の協力ということも必要になってきます。
他の人の協力を得るためには、それが個人のためだけでなく、
多くの人を利するものであり、協力したくなる要因が必要です。


その願いに「大義名分」があり、
他の人にとっても「納得」のいくものであるからこそ、
「言葉」に迫力が伴い、協力者が現れてくるのです。
                     【3S大納言の成功】


このように、他の人の協力が得られる「3S大納言の成功(仮称)」
であってこそ、思い描いた理想が単発で終わらず、拡大発展し、
厳しい環境にあって実現し続けるものとなります。
(そして、この成功の循環の中で、次第に志が成長し、私心なく、
ただひたすら天命に生きるという、次なる成功の軌道に入ります。)


個人の成功「3Sの成功」や、他の人の協力を得ることのできる
「3S大納言の成功」を牽引する「考え方」であるか・否かは、
【質問2】のように「神様を振り向かせるだけの魅力があるか?」
「神様が協力したくなるものであるか?」と、シュミレーション
してみることで、チェックが可能です。


注意点:
単なる自己満足とならないよう、他の人の意見も確認して下さい。
ただし、他の人の「そんなの無理だ」「意味ない」といった悲観的な
意見に負けない意志力も必要です。他の人の意見に謙虚に耳を傾け、
かつ、理想も実現していくよう、調整・バランスが必要です。



以上、どんな環境にあっても、自ら望む成果を上げる「考え方」と、
考え方をコントロールするコツ及び簡単なチェック法について、
ご紹介しました。今回は、2008年の締めくくりでもありますし、
オマケとして、厳しい時代に負けにくくなる「考える訓練法」も、
少しだけご紹介しておきたいと思います。


=============================

厳しい時代にチャンスあり!「考える訓練法」

(1)プラスとマイナスを書き出す。

まず、用紙を二つに折り、左側にあなたがマイナスだと思うこと、
右側にプラスだと思うことを列記してみてください。
例 短所/長所、逆境/順境、阻害要因/支援や協力
      為替や株価の影響、政策、地理的要因、世界情勢、
      環境問題、食料問題、その中での我社(自分)の立場


(2)マイナスとプラスを入れ替える。

書き出した内容について、一方的なものの見方や、型にはまった
考え方をしている可能性はありませんか?
プラスに潜むマイナス面や、マイナスの持つプラスの可能性を
考えて見ます。

「+」⇒「−」
・プラス欄に書き出した要素に内在するリスクは何でしょうか?
・今はプラスであっても、マイナスに転じたらどうなりますか?
・プラスと思っている前提が崩れた場合、何が起こりますか?
・自分にとってプラスであっても、人によってはマイナスになる
ものは何でしょうか?その人がその要因を取り除こうとしたら
どうなるでしょうか?
・全てのプラスに潜む、マイナス面を考えてください。

「−」⇒「+」
・マイナス欄の要素を反対側から見ると、何らかの可能性を
持っているのではありませんか?
・今はマイナスだからこそ、これがプラスに転じた時、獲得する
ポイントが大きいと思えるものはありませんか?
・マイナスの前提が崩れたときに、プラスに転じるものは何ですか?
・一般にマイナスと思われていることが、商機になりませんか?
・マスコミなどの意見を鵜呑みにし、マイナスと思い込んでいる
 ものはありませんか?
・全てのマイナスに潜む、プラスの可能性について考えてください。

==============================
以上が、厳しい時代に負けにくくなる「考える訓練法」です。
実は、この訓練は、マイナス要素が多い時ほど、プラスの要因が
ドンドン出てくるという、「今」が使い時のスグレモノです。

使いこなせば、これだけでもかなりの価値を生み出せますので、
年末年始にジックリ時間をとったり、移動や、大掃除などの際、
肉体を動かしながら考えたり、テレビや新聞を読みながら訓練
するのも良いかと思います。

ぜひ、「考えるコツ」をお使いいただき、新年の初詣において、
力強くご祈念いただくと良いかと存じます。
皆様にとって、あと二週間が益々充実したものとなり、
来年の更なる成功を牽引するものとなりますよう、心より願います。

それでは、皆様、良い年をお迎え下さい。

        SAA スピリット・アドバイザー・アカデミー


 


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≪120≫ 不撓不屈の企業家精神

2008/11/03 23:03


世界各国が経済的に衰弱している昨今、
証券や株価は、一時の半値になり、
巷では、百年に一度の危機と騒がれています。

また、経済は循環しており、株価に半年〜1年遅れて
実体経済が連動するという傾向があります。

つまり、今後1年間が、実体経済の勝負どころとなるわけです。


昨今のように、相互依存が強い国際社会では、
為替の影響、景気の悪化に伴う減収など、
企業として避けて通れない問題が、次々と起こってくるでしょう。


また、11月4日のアメリカ大統領選以降、
日米のあり方、国際社会における位置づけなども、
少しずつ変化し、企業への影響もあるでしょう。


ただ、客観的情勢として逆境であっても、
それは全体的なことであって、個別では違いがあります。


実際に、平成20年11月2日の日経新聞によると、
四半期ベースで、6社に1社(約16%)が、
この騒ぎの中で、最高益の更新を見込んでいます。


これは一つの希望です。


この、百年に一度の危機にあっても、
発展を続ける、強い企業があるのです。
今後益々、逆境にあって発展し続ける企業が増えることを願い、
不撓不屈のリーダー像について、考えてみたいと思います。




■言い訳をしない

まず、不撓不屈のリーダーとなるための必須条件は、
「言い訳をしないこと」です。

確かに、景気が悪い、人が信用できない、お金が借りられない…等、
次々に、言い訳にしたいことが出てくるでしょう。

そして、世間も、ある程度の同意は示してくれるでしょう。

しかし、気をつけてください。
同意を示したからといって、誰も助けてはくれません。

なぜなら、言い訳をする人は、
責任を取ることができないからです。
責任が取れない人を信用するほど、世の中は甘くありません。

また、言い訳を考える人は、未来を考える「余裕」がありません。
未来を見通すことができないため、結果を焦ります。
結果を出そうと焦燥感が募り、急いてことを仕損じます。
こうして、また、言い訳の悪循環に埋没するのです。


考えても見てください。行き先を指し示すことができない上に、
結果ばかりを急ぎ、失敗の原因を自分以外に帰する人に、
協力することができるでしょうか?
客観的に考えれば当然の帰結が、分からなくなるのです。


人々がリーダーに求めているのは、「未来への答え」です。


道は衰退しかないのか? それとも、発展の芽はあるのか?
発展の可能性があるならば、それはどのように実現すべきか?
今、何をなすべきなのか?
多くの人が、この答えを待ち望んでいます。


リーダーとは、人々に対し、
この「未来」を与えてゆかなければなりません。


過去は、未来のための筋肉トレーニングのようなものです。
とった責任の重さに応じて、筋肉がつきます。
そして、その筋肉を跳躍力の基礎とし、
未来を俯瞰することができるようになります。
過去の責任は、未来に活かすものとなり、輝きを増すのです。

そのためにも、まず、一切の言い訳を廃すことです。
そして、未来に対する答えを、責任でもって決断し、
自ら信ずるところに従い、責任を持って人々に未来を与えること。
それが、リーダーの使命であり、責任であるのです。



■最善を尽くす


そして、不撓不屈であるためには、
常に「最善を尽し続ける」気概が必要です。
(これは、言い訳をしないための精神的担保ともなります。)


つまり、決断までの限られた時間に、質の良い情報を集め、
考えに考え抜いた末に、最善の判断を下し続けることです。


決断には、責任が伴います。
特に、経営者ともなれば、
従業員や、その家族、取引先等…等、
その決断の及ぼす影響は、計り知れないものとなります。


できるならば、先延ばしにしたい。
そう願うのも、もっともです。


しかし、決断のときは、待ってはくれません。
現状は、情け容赦なく決断を迫ります。
問題を先送りした分だけ、事態が複雑に絡み合い、
手の付けられない状態になることが多いのです。


だからこそ、限られた時間の中で、
より質の高い情報を集め、
あらゆる角度からシュミレーションし、
最善と思われる選択を決断することです。


答えがAかBかの選択しかなく、
正解・不正解のどちらかしかないならば、
決断も、どんなに楽かしれません。


しかし、正しい答えなど、最初からあるわけではなく、
どれもがプラスとマイナスを含んでいます。
最善を尽くし続ける中で、結果として正しい答えに成長してくる
それが真実です。

そして、世の中が動き続ける以上、その選択は無限に続きます。
あるときの正しさが、次の敗北要因になることもあります。
だからこそ、一つ駄目でも、次の手、その次の手と、
常にシュミレーションし、厚みある判断材料をストックし、
その時の最善を尽くし続けることが必要です。

シュミレーションで、ある程度のリスクを予測しているならば、
失敗したときの割切りも早く、次の一手に素早く移れます。
これを、コンティンジェンシープランといいますが、
要は、「Aが駄目になったら、Bに移行し、被害を最小限に食止める」
ということです。これも、一つの最善の策であります。


このように、情報を集め、考えに、考え、
時々刻々と移り変る現況にあわせ、
その時における「最善」のシナリオを選択しつづけるからこそ、
その思考の厚みにより、打たれ強い、不撓不屈のリーダーへと
成長してゆくのです。




■決断は、実行されてこそ意味がある。


企業の未来を選択をしたならば、
次に、その選択を、自分固有のものとせず、
一人でも多くの人と共有し、一致団結することが必要です。

どんなに考えに、考え抜いて出した「最善の策」であっても、
現場の人々が、その内容を理解せず、実行しなければ、
苦労して答えを出した意味がありません。

実行されるためには、何度でも、何度でも、
そのヴィジョンを伝え、必要性を訴えることです。



特に、不況時には、戦力を集中し、
収益の源を求めることが必要です。


ともすれば、被害を最小限にとどめようと、守りに入りがちです。
特に、不況期にあっては、守りの正当性は、皆の納得する所であり、
判断としても被害の少ない無難なもののように思えます。


しかし、無難な決断だけでは、未来は拓けません。
例えば、経費だけを削減しても、企業体力が弱り、
競合他社との戦いに敗れ、倒産する可能性が高まるだけです。



大事なのは、戦力の「削減」ではなく、戦力の「集中」です。
リーダーは、未来のために、何に戦力を集中させるべきか、
明確にしなければなりません。


そして、戦力を集中させる大義名分は、
公明正大であることです。


世の中のために、我社が護りきらねばならないと思うからこそ、
そこに、使命感と情熱を持つ人が引き寄せられます。
我社の収益確保のために…というだけであれば、
実力のある人ほど、その実現は競合他社で行なった方が安全だ
…との計算が働きます。

しかし、志は、利害計算を超えた感化力を持ちます。

論理的に収益確保を訴えるより、
大義名分を打ち出すほうが、確実に人々の心を動かし、
行動を変えていくのです。

そして、リーダーの決断が、人々の行動を変えたとき、
その志しが、確固たる実現力を持つものとなります。


たとえ逆境にあろうとも、失敗に悔し涙を流そうとも、
それを乗越えた先に価値を見出すからこそ、
人は、何度でも立ち上がり、実現しようと努力するのです。


このように、リーダーが下した決断が、
高き志によって感化力を持ち、
自らに与えられた使命を果たそうとする集団に広がってこそ、
その力が具現化され、意味を持つものとなります。
その実現力が、企業を、そして、世の中を変えていきます。


ここに、使命感で一つになった、
不撓不屈の企業が誕生するのです。


その意味で、この百年に一度の逆境は、一つのチャンスです。


ぜひとも、この一年間が、
不撓不屈の企業家誕生の孵化器となり、
未来に羽ばたく、眞企業創生の機会となりますことを、
心より願っております。


===========================
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次回の発行は12月15日頃となります。



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≪119≫米国発金融危機の真相

2008/09/30 00:46
【終焉、そして、始まり】


米国発の金融危機。


後の世の人にとって、それは、二十世紀経済が真実の終焉を迎える
ひとつの象徴的な事件であった…と言われる様になるでしょう。


社会主義経済が崩壊し、
そして、もう一方の資本主義経済が使命を終え、
大きな音を立てて、崩れ落ちています。
それが、「今」です。


しかし、それは、単なる終焉ではなく、
「新たなる経済」の序章でもあるのです。





【リアルとバーチャルの混在する世界】



以前にも申し上げましたが、
証券化によるリスク分散や、
先物等のリスクヘッジシステム等 
金融市場の変化を否定するつもりはありません。



むしろ、今回の金融危機により、
バーチャルな世界を否定し、
堅固なリアル経済だけを安住の場とするような、
「文明の昔帰り」が起きないように…と、危惧するものです。


重要なのは、後に戻ることのない「時代の流れ」です。
「リアル」から、「リアルとバーチャルの混在する世界」へ。
この新しい世界が、本格的に起動しはじめています。


そして、そこにあるのは、単なるカオス(混沌)ではなく、
発展の息吹です。




今起こっている問題を、ただ危険視しているだけではなりません。
色々な問題を孕んでいるとはいえ、今、起こっている流れ自体は、
実は、「信用経済」の「発展のかたち」として、きわめて健全な流れ
であるのです。それを、正しく認識することです。






事実、人類は、過去において、物々交換から貨幣制度へと
「信用」に依拠し、「信用」による経済の確立に成功してきたのです。



この貨幣経済への流れにあって、
幾多の混乱や、信用収縮の危機を乗り越えてきたか…
それは、想像するに難くないことでしょう。



そして、その危機の中から、貨幣経済が機能するため、
人類共通財産として「信用確立の智恵」を培ってきました。



例えば、貨幣を預かる場所は、ギリシャでは「神殿」でありました。
「信用経済」は、神の与えた信用貨幣により確立される
というわけです。(その名残で、銀行には神殿風の建物が多い。)


そのように、人類が営々と築き上げてきた「貨幣による信用創造」
の努力により、現代において、ハイパーインフレでも起きない限り、
貨幣経済はつつがなく、世界の至る所で執り行われています。



まさに、信用創造が人間の自由を確立した、「信用の勝利」です。







そして、今、

・目に見える実体通貨に依拠する、実体経済から、

・目に見えない通貨に移行しつつある実体経済と、
 想像の域に足を踏み込みつつある、仮想経済の混在する世界。

人類は、このリアルとバーチャルの混在する
次なる段階に入ろうとしているのです。





そして、そこにあるテーマとは、

□人類の信用を純化させ、人々の自由の創造(時間・空間)を、
 拡大させることができるか。


□実体経済とバーチャル経済を連動させ、信用通貨の回転率を高め、
 富の意味を拡大発展させることができるか。


□自由度の高いバーチャル経済において、リアルでは実現し得な
 かった、新しい経済価値を生み出すことができるか。


などなど、自由自在なバーチャルならではの特徴を生かし、新しい
経済価値を創造していくことがテーマとなって来るでしょう。



しかし、米国発金融危機に見るように、


使い方によって、信用を創造し、時空間を超越した人々の自由を
創造するものともなれば、間違った使い方をすれば、その威力故に
世界中の信用破壊に至る怖さも秘めている。
そのことを、肝に銘じておかなければなりません。




【バーチャル経済と信用】


結局、通貨自体は、価値中立的なものでありますが、
使う「人」によって、良いお金とも、悪いお金ともなるのです。




そして、バーチャル経済の方が、人間の自由な心を反映しやすい分、
鮮明に、人の心を、経済に映し出してしまう…ここがポイントです。



今回の金融危機も、人の欲を牽制・統御する理念や機能が欠落して
いたため、見えない欲が正当化され、集積し、そのエネルギーが、
今ある経済理念では制御できないレベルになったため、ダムが決壊
してしまったのです。



サブプライムローン問題も、証券化自体が問題なのではなく、
企業のエゴと個人の欲が先行し、返済不能先も混ぜてしまえば
問題は軽微になる、甘い判断をしたことが原因です。

 (参考:前回使った説明)
  サブプライムローンでは、問題ないローンを白い紙、
  返済不能先を黒い紙とすると、白い紙に数枚の黒紙を混ぜ、
  シュレッダーにかけ、一山ずつ分配すれば、一人当たりの
  黒紙は少ないと考えた。



そして、投資銀行も、本来の「企業を育てる」という投資を怠り、
安易にレバレッジを使い、一攫千金の投機銀行と成り果てた。
そこが、問題です。




そして、反論を恐れず言わせてもらうならば、これらの問題は、
リアル通貨のみの世界であれば、さほど大きな問題にならなかった
のです。


実体経済であれば、サブプライムローンの問題も、一億の借金は
一億の借金でしかありません。働いて返すか、他で借りて返すか、
何らかの方法で返済するのみです。たとえ一人が返済不能になった
としても、他の人が連鎖的に返済不能になったりしません。
仮に、アメリカの、自己資本の薄い銀行が破綻することはあっても、
世界経済に与える影響は軽微です。



しかし、仮想経済においては、大問題となりました。

なぜなら、仮想の世界だからです。

仮想世界においては、返済できなければ、家を高く売り、それで
借金を返せばよいと、取らぬ狸の皮算用が通用します。
そして、仮想に仮想を重ねるうち、仮想の空虚さを忘れ、あたかも、
想像は、正当な事実であるかのような錯覚に陥りました。


しかし、仮想はあくまで仮想です。
仮想経済の足場となるのは、あくまで「信用」です。
「信用」の欠落は、仮想経済においては致命的な欠陥です。



ところが、サブプライムローン問題は、この「信用」が欠落した
ローンを混ぜ込んでしまいました。


結局、バーチャルの世界に対する認識不足です。
それが引き金になって、バーチャルを組み込んだ世界に
連鎖的な被害が生じているのです。



実体経済であれば、一つや二つの企業や銀行の問題であったものが、
バーチャル世界では、世界中を連鎖倒産の恐怖で震撼させるという
事態に至る…それが、バーチャル経済と信用の関係なのです。




【新しいシステムを司る、新しい経済理念を】



では、バーチャル経済は、実体経済に劣るものなのでしょうか?



そうではありません。



例えば、荷馬車の荷車のタガが緩んでいても、
さほど大きな問題にならないでしょう。


しかし、ロケットは、ネジが一本緩んでいれば、大惨事になります。


精度が与える影響力が、全く違うということです。



今回の金融危機も、述べてきたように、システムの問題というより
むしろ、使い方が問題です。


新しい威力を使うに足る、精度の高い経済理念が浸透する前に、
システムだけが先走り、「金儲け主義」という欲望が、
そのシステムに紛れ込んだ。
それが、ロケットの大惨事を引き起こしたのです。


もちろん、新しい金融の動きの中には、
どうすれば人々の共有財産を増やすことができるか、
どうすれば、世の中の眠れる富が、自由に動き回ることができるか、
といった、本来的な信用創造の動きもあったのです。


だからこそ、一刻も早く、新しいシステムを司るに足りる、
新しい経済理念を、経済倫理を、経済規範を、
確立しなければなりません。


考えても見てください。



ほんの一部の人の判断の間違いで、
倒産候補の会社が次々と出てくる…。


日々に努力し、誠実に経営を営み、不器用ながらも発展してきた
このような会社が、同業であるというだけで、
時代の荒波に翻弄され、その足場を失い崩れていく…
そして、次々に、その縁をつたってクラッシュしていく。

…このような経済が、そのままでよいわけがないのです。


おそらく後世の人々にとっては、
なんと未熟で、運任せ・他人任せの経済に甘んじているのかと、
びっくりするようなものであるはずです。


だからこそ、早急に、新しい経済理念を生み出さなくては
ならないのです。



表面的な問題に、翻弄されてはなりません!


米国発金融危機の真相とは何か?


それは、結局、システムを司るべき「新経済理念の欠如」です。


「新経済理念の創出・確立」こそが、金融危機の隠された、
真のテーマであるからこそ、恐れることなく、新しい時代に向かい、
先んじて自社を変革していくことが、勝利の道であるのです。


【キーワードは「信用」】

そう、キーワードは「信用」です。

ここに、今回の危機を乗り越える鍵があります。
そして、新しい時代に生き残るというだけでなく、
時代を牽引する企業として、変革の旗手として、
ワクワクする様な世界が待ち受けているのです。
ぜひ、新しい時代の、新しい価値観を創造してください。
心から成功を願っています。

========================


次回の発行は11月4日の予定です。



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≪118≫ 「夢と、挫折と、愚直な努力」

2008/09/15 23:18


■「夢と挫折」

人生で、一度も挫折を味わったことのない人はいないでしょう。

「人生、常に、上り調子」という人も、
単に、挫折したことを忘れていたり、
「小さな成功」という美酒に酔いしれ、
いつまでも、その栄光が続くかのごとき「錯覚」「驕り」の中で
本来果たすべき夢を、見失っているだけなのかもしれません。



夢は、見れば、見るほど、
夢を、克明に描けば、描くほど、
その、理想が高く・スケールが壮大であればあるほど

そして何より、夢の実現が、
多くの人の人生に、影響を与えれば与えるほど、

その果たすべき責任の重さゆえに、

挫折感や無力感、自分の能力のなさを
かみ締めることが多くなりがちです。

理想と、変わらない現実のギャップに、
歯がゆさを覚えたり、

夢が実現するまでの過程において、
時間の経過を耐えたり、

身近な評論家の、批判や批評を忍ぶたり、

「所詮、夢は夢なのか」と諦めたくなるときもあるでしょう。



挫折により、夢を諦めるのか?
それとも、挫折をものともせずに、突き進むのか?
それが、ひとつの大きな選択肢です。






一方、巷の成功理論や、実際に成功した人の話をきけば、
挫折を、いとも簡単に切り抜けることができると勇気が湧いたり、
挫折と無縁の、華麗な人生は実現できると確信できたり、
自分も、軽々と、夢を手に入れることができるのだ…と、
薔薇色の人生計画を立てることもあるでしょう。


それも、一つの、成功の道です。
ただ、それは、成功の道の「一部分」です。


一部だけを見て、成功すると思い込むと、
それは、それで、問題です。


変わらない現実に、首をかしげることに終始するだけで、
いつか、だれかが、きっと…と、努力なく成功する
他人や運まかせの「博打のような夢」に生きるかもしれません。

また、相応の努力なくして、結果を得られたようにみせかけ、
上っ面の評価や、虚実なる成功に気をとられ、
夢を実現する意味を、次第に見失っているかもしれません。


よしんば小さな夢が成功したとしても、
それで出来上がってしまったり、
常に同じやり方で、夢は実現するものだ、と
現実を過小評価したり、
簡単に成功しない人を、見下すようになったり、
努力なく成功することを「是」とする
見通しの甘い人間になっているのかもしれません。



努力なく実現する夢と、刻苦勉励を必要とする夢、
今、どちらの道を進みつつあるのでしょうか?


自信をもって言えるのは、


夢を実現する人は…

否、

夢を実現し続ける人は、

必ず、
愚直なまでに、努力し続けています。


それが成功し続けている人と、
一発芸のような成功で終わる人との違いです。


長期的に見れば、疑いようがありません。


時間軸を動かせば、努力なき成功は
世間の風に吹き去らわれる、砂山のように見えてきます。


率直に言えば、「努力」という代償なき成功は
「成功の本道を見失う」という心の病の
入り口にしか過ぎないのかもしれない、
そう思えてくるのです。


鋼のごとき成功者になるためには、
ヤキが必要です。
それが、折れない粘りを生み出す秘法だからです。



■「挫折と課題」


決して、挫折を肯定しているのではありません。


しかし、挫折は、成功への通過儀礼です。


長期的に成功するためには、挫折と向かい、挫折を受け止め、
乗り越えなければなりません。


何度打たれても、打たれ強く、
何度押し戻されても、粘り強く、

愚直なまでに、ひたすらに、
ただ、「夢の実現」に素直であれ
…ここが、ポイントです。


そして、「夢の実現」に素直に向かったならば、
次に、挫折の警鐘の中から、
「あなたが」成功するためのシグナルを、読み解くことです。



つまり、「夢の実現」に「素直に向かう」とき「生じる挫折」、
それは、「あなた」固有の、成功のための課題です。



今のままのあなたでは、何かが足りないと、
正直に教えてくれているのです。


他の誰かに言われれば、ヘソを曲げるという
気高きプライドの持ち主ならば、尚更です。


たとえ、ささやかな挫折であっても、
その中にシグナルを読み取り、自分で修正をかけることです。


何が、自分の夢を、妨げるのか?


そして、自分にできることは何なのか?



仕事の仕方や考え方
生活のリズムと効率・効果
習慣の奴隷と、習慣化による自己統御の違い、
仕事・運動・勉強・趣味…など、かけたコストと、生み出した成果
人間関係の調和と調整、
コミュニケーションと理解・説得、
精神の高貴さと、人間の幅、
自分への厳しさと、他人への寛容さ…等、
挫折情報を収集・分析し、改善することは山のようにあります。


まさに、お宝発掘です。


そして、挫折をバネに、次のステージに跳躍する。
その選択・主導権は、実は、全部自分にあるのです。




■「愚直な努力 七つの心得」

そして、課題を発見したならば、
あとは、改善のための愚直な努力です。


何度も「愚直な」と付加しているのには、意味があります。


カッコ良く、スマートに成功したい。
そう思うのは当然のことです。

しかし、トレンディドラマならいざ知らず、
この、政治・経済・民族問題・戦略的紛争…という、
逆風吹きすさぶ荒野で生き抜くには、
残念ながら、認識が「甘い」と言わざるを得ません。




ここで、愚直な努力のために「七つの心得」を列挙してみましょう。



一つ、「焦らないこと」

結果を急ぎすぎて自暴自棄になったり、スグに諦めないこと。
合理的であるとは、実際的で能率的なことであるが、
結果がすぐ出ることと、イコールではない。
時には、子育ての如く、人を育て、商品・サービスを育て、
そして、企業を育て、国家・社会を育てる長期戦略で考えよ。



一つ、「完璧主義にならないこと」

完ぺき主義が、自己卑下を生み、
完ぺき主義が、他人を裁く。
ありのまま、不完全な自分と向き合う勇気を持ち、
その勇気を、他の人への寛容さに転化せよ。
互いに未完成だからこそ、愚直な努力こそが差を生み出すのだ。



一つ、「転んでもタダでは起きない気概を持て」

愚直とは、愚かなのではなく、全てを受け止め、進むこと。
転んでは起き上がり、押し戻されても前に進む。
そして、せっかく転んだならば、タダでは起きない気概を持て。
何かを掴んで、立ち上がれ。
その時、転ぶことで動じない、愚直なるタフネスが育つのだ。



一つ、「虚栄心は、ゴミ箱行き」

人の噂も七十五日。
人の評価に重きを置けば、移り気ゆえに軸がブレる。
謙虚に智恵はいただくとも、所詮、よそ事、他人事。
評価の主役は「自分」にあり。
人の評価を得るために、虚栄心で飾っても、
所詮、ゴミはゴミのまま。
本気で成功したいなら、価値ある自分で勝負せよ。



一つ、「何かを変えれば、何かが変わる」

事なかれ主義の、先送り。それが衰退 招くもと。
変革なければ、いまのまま。
何かを変えれば、未来は変わる。
同じ人生、生きるなら、生きた証に未来を変えよ!




一つ、「本気で成功したいなら、謙虚に頭を下げてみよ」

愚直な努力の欠点は、人の力を忘る事。
夢実現に必要な力÷自分の力は何倍か?
自分で全てができるのか?
タシにならないプライド守り、大きな夢を止めるのか?
人の協力を得るならば、見えない世界も見えてくる。




一つ、「そして、感謝を忘れるな」

自分ひとりでできること、何一つないと自覚せよ。
自分の力と、人の力、
自分の力と、組織の力、
自分の力と、国家の力、
自分の力と、自然の力、
自分の力と、天の力
あらゆる力のお陰にて、自分の力が存在する。
たとえ一つが欠けてでも、今の、自分は、ここになし。
愚直な努力も「おかげさま」、成功するのも「おかげさま」



この「愚直な努力 七つの心得」を実践し、粘り強く、
胆力のある成功のために、お役に立てば幸いです。



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次回の発効予定は、9月29日の予定です。
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≪117≫ 夢の実現

2008/08/03 23:51


前回116号「夢を力に」において、
大切なのは、「まず、夢を描くこと」だとお伝えしました。
夢こそが現実をプラスに変える、根源的なエネルギーです。

そして、夢を描いたならば、
次に、夢に向かって、現実を変える努力・工夫が大切です。


夢を、実現するために描く


ここが、今回のポイントです。


ただ、「実現するために描く」というと、
「非現実的だ。現実は甘くない。」と否定する人と、
「では、実現できる夢を描こう」と、現実に準じて、
夢を矮小化させる人があると予想されます。

しかし、夢と現実を、乖離させたままで「良し」とすることも、
夢そのものを、現実の及ぶ範囲に近づけて「良し」とすることも、
どちらも、自分の「可能性」を閉ざす勿体ない行為です。

ちなみに、「勿体ない」の語源は、
仏教で「本来あるべき姿が顕現されない」ことを惜しむことです。
夢を否定、または矮小化することで、可能性の芽を摘み、
あるべき姿が顕現されないのは、まさしく「勿体ない」ことです。


もちろん、全ての夢が、すぐに実現するわけではありません。
そして、自分自身がその夢を実現するのではないかも知れません。


例えば、小説家や漫画化が描いた未来の夢が、
時を経て、多くの人の手によって実現しているように、
夢を発信することで、夢に共感する誰かが、
それを実現してくれることもあるのです。
夢を描くことは、現実逃避ではなく、現実を変える力です。


そもそも、なぜ、全ての人に「夢を描く能力」があるのでしょう?
それは、全ての人に、あるべき姿を描く能力があるということです。


夢こそが、あるべき姿への牽引力であり、
夢こそが、人間の可能性を最大限に伸ばす秘法だからこそ、
夢を描き、夢により現実を変えようという努力が必要なのです。





■人間に備わる、夢を実現する能力



なかには、夢と現実を線引きして考えることを
「知性的」「理性的」だと誤解している人もあるようです。



しかし、「知性」「理性」は、本来、夢と距離をおくものではなく、
むしろ、夢を実現するための能力であるのです。


例えば、夢が家ならば、
知性は、丈夫な家、立派な家の設計図を作成する能力であり、
理性とは、無駄のない行程で家を建てる力です。


「知性」により、必要な詳細情報を学び、夢の精度を高めたり、
過去の失敗を教訓とし、事前に予防線を張り巡らすことができます。
最新情報などにより、夢を進化させることもできます。


また「理性」により、夢の行程の合理化を図ることができます。
そして、思いや行動を統御し、無駄なエネルギーの消耗を防ぎます。
更に、他人の夢を妨げる等の問題を最小限に食い止め、他との調整
により夢の実現を助ける能力でもあります。



そして、「感性」とは、夢を感じ取るアンテナであり、
夢に彩りや付加価値を与える能力でもあります。


このように、人により、努力により、能力の顕現に違いはあれども、
夢を実現するために必要な情報を、収集・整理・応用する「知性」
より合理的に夢を実現させるため、判断・統御する「理性」
夢に彩を与え、夢を膨らませる「感性」
これらの能力は、夢に奉仕する力となったとき、
活き活きと、その本来の力を発揮するものなのです。


「夢を実現するために必要な力は、既に与えられている」
当たり前すぎて見落としがちですが、これは驚くべき事実です。

あらためて、人間の「夢を描くことができる」という可能性と、
可能性を実現するために必要な能力が与えられていることに
心から感謝するものです。




■夢が「オ・シ・マ・イ」にならないために


このように、夢を実現するための能力が与えられていながら、
夢が実現していかないこともあります。

夢が実現する経過途中であるという場合は別にして、
現実が、夢の方向に全く進んでいないという状況です。

このまま夢が「オ・シ・マ・イ」にならないために
次の点を自己点検してみると良いでしょう。





「オ」:驕り昂ぶる心はないか?

夢が実現し始めると、ちょっとした成功で有頂天になり、
驕り昂ぶる心が出てくることがあります。

まるで、全て自分で成功したかのように錯覚し、
自分を助けてくれた人へのご恩を忘れ、
自分をとりまく環境のありがたさにも気づかず、
感謝の思いが薄れている傲慢な心です。

このように、小さな成功で小成し、驕る気持ちが出る人を
他の人は良かれとは思いません。助けたいとも思いません。
むしろ、成功が鼻につき、失敗を望む集合想念が発生してきます。

夢は、多くの人の支えによって実現しています。

例えば、電気・ガス・水道といったライフラインが整備されず、
食料の確保もままならないという状況で、その夢は実現しますか?

例えば、戦争が勃発し、常に死の恐怖におびえる中で、
その成功は、実現していたでしょうか?

例えば、誰一人として協力者がおらず、
また夢の実現を喜んでくれる人もない時。
その夢を実現していく気概はあったでしょうか?

このように、多くの人の力によって、
夢を実現させていただいているのです。

そうであるならば、小さな成功で驕る心を戒め、
多くの人のお陰で、夢が一歩実現したことを感謝することです。

そして、「お陰さまで」と感謝を忘れない人には、
協力したいと思わせる引力が備わってくるのです。




「シ」:失望していないか?

夢の実現を妨げる、最大の敵は「失望」です。

こんなこと無理だ。できない。
やめれば、どんなに楽だかしれない。

どんなに不安を抑えようとしても、
次々に、起こってほしくない状況が重なり、
気持ちは、どんどん失望の方向に押しやられていきます。


それは、単に、自らの能力に失望するだけでなく、
組織や、政治、経済といった、取り巻く環境、
家族や友人の「心配」や「不安」の思いなど、
失望を誘発し、拡大させる要因は至る所に存在します。


ある意味、夢が夢のままである理由、夢が実現しない原因の大半は、
この、「できっこない」という失望にあるといっても、
過言ではないでしょう。


失望に至る道は、各所にあれども、
希望を持ち続け、夢の実現に向かうことができる
それが、成功者となるか否かの、大きな分かれ目だと言えます。


成功したいならば、失望と決別し、希望で前途を照らすことです。





「マ」:マンネリになっていないか?

夢の実現において注意すべきは、マンネリ、惰性です。

ともすれば、マンネリは何らかの努力をしているため、
それが注意すべき課題であると気づかないことがあります。
ここが「マンネリの罠」です。



例えば、注意散漫なまま、勉強時間だけ経過していたり、
ルーチンワークをやることで、仕事をしている気になったりと、
当然必要だと思ってやっていることも、
実は、単なる惰性で行なっているだけだったりします。
そして、生産性や効果に注意を払うことなく行なっているうちに、
大切な「夢の実現」の時間とエネルギーを浪費しているのです。


この、時間とエネルギーの浪費が、意外なほど、
夢の実現の阻害要因になっているのです。


マンネリの罠から脱出するためには、
ある期間内で計画に沿ったことが出来るには、何が必要か。と
期間を区切って、常にレベルアップのための努力をすることです。

「締切」を自らに課すことで、無駄がなくなってきます。


そして、最終的には、仕事そのものを無くす工夫を考えることです。


ともすれば、マンネリ仕事の削減により、生まれた時間で夢を実現
すると考えがちですが、それはまだ、マンネリ仕事が中心軸にあり、
夢の実現が付属品になっているといえます。


あくまで、大事なことに時間を注ぎ、
余暇の時間にルーチンワークを済ませられるよう、
主従を明確にした時間設計が必要です。


結局、その時に大事なことは何か、明確にし、
大事なことに焦点を絞って、やり遂げる思いを出し続けることです。
そうすれば、智恵も生まれ、協力者も出てくるでしょう。

ぜひ、夢の実現を妨げる「マンネリ」にも
注意を払っていただきたいと思います。





「イ」:意固地になっていないか?

夢を実現したいがあまり、意固地になっていないか?
心の柔軟性を失って、色々な可能性に気付かず、チャンスを逸して
いないか?という点検が必要です。

正念を定めることと、意固地になることは別物です。
夢を実現するという目標を持つがあまり、頑迷・頑固になり、
結局、夢の実現の阻害要因になってしまうことがあります。

また、「自分でやる」と意地を張り、他の人の協力を受け入れる
ことができないために、てんてこ舞になっている人もあるでしょう。

夢を実現するためには、素直さが必要です。
そして、あらゆる問題に対応できる、柔軟さも必要です。
更に、色々な可能性を追求する、心の自由さも必要です。

時間の経緯や、空間の広がりなど、自由自在にシュミレーションし、
夢の全体像を発展させることができなければなりません。


意固地とは、こういった本来の力を発揮するために必要な心の力を
ガンジガラメに縛りつけ、使い物にならなくする心です。



もし、身動きがとれず、夢が前に進まない状況になったならば、
一度、意固地な心になっていないかどうか、点検してみると良い
でしょう。

もしかすると、「こうあらねばならない」という意固地な心で、
自由な発想が縛られているのではないでしょうか?


以上、夢が「オ・シ・マ・イ」にならないための点検項目です。
この4つは、覚え易く、簡単な内容でありますが、実は、
夢の阻害要因を見抜くための、非常に奥の深いものでもあります。
ぜひ、日々の点検項目としてご利用いただき、夢の実現に役立てて
いただけばと思います。


=============================
個人的な事情で申し訳ありませんが、
「仕事の悟り」の更新を当分の間、不定期とさせていただきます。
次回は9月16日の予定です。ご理解の程、宜しくお願い致します。

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